コバルトの季節

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先日レンタルした沢田研二の3枚組CD、2枚目がヒビが入っていて録音できなかった。大好きな「コバルトの季節」はそれに入ってたのに、という話を店にいらしたお客さんに話すと、買えば?と、事も無げに言い放った。買えば5000円近くするんだよ、というと、じゃあ、あたしが買うから、それを録音すれば?あたしも沢田研二好きだし。というわけで、今日届いたアルバム。持つべきは趣味の合う友達。うふ

そんな夜

なぜかこの歌がずっとループしている。そんな夜。

あなたが言い出せば悲しく聞こえる。

星もまばらな夜。

なぜか遠い道

Are You Ready

年をとるって、どういうことなんだろう。ただThe Endに向かって駒を進めるだけなんだろうか。

「生きていくあなたへ 105歳 どうしても遺したかった言葉」105歳の医師、日野原重明氏が、死の直前まで語った、希望と感謝の対話20時間越。最後の力を振り絞り伝えたかった言葉とは。

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うーん、表紙の写真がなんだか切ないね。「キミ、お先に失礼するよ」って感じで

以下、本文より抜粋

 というのも、100歳を超えたあたりから、自分がいかに本当の自分を知らないでいたかということを感じるからです。世の中でいちばんわかっていないのは自分自身のことだ、ということに気づくことができました。これは、年をとってみないとわからない発見でした。
「人生の午後をどう生きるか。選ぶ物差し、価値観が必要で、自分自身の羅針盤を持たなくてはならない。午後は午前よりも長いから」
80代の頃の僕が書いた言葉です。僕なりに自分自身の羅針盤を探求し生きてきたつもりでしたが、100歳を超えた今、「ああ、今まで探求してきたことはほんの一部であり、真の意味では、僕はまだまだ自分のことをまったく理解できていないのだな」と心から感じるようになりました。80歳の頃の自分がかわいかったなとさえ思います。
こういうと、これまでの人生を否定しているように聞こえるかもしれませんが、そうではなく、105歳の今、未知の自分を知ることができたという気づきに価値があるのです。人生の午後が長いということは、幸せなことです。

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最近になって、ぼくもそう思うことがあります。「自分がいかに本当の自分を知らないでいるか」ということを。
そういや、こんなジョークがあったっけ。

「自分を知るには一生かかる」

Hinohara

なお、今日の表題はBob DylanのAre You Readyを想起したのでこうなりました(笑)

メンテナンスモード

午後から雨とのことだったので、半年くらい前から気になっていた虫歯の修理に行くことにした。虫歯といっても、全然痛くないのだけど、舌の先で触ると小さな穴が開いているのが分かる。最後に歯医者に行ったのが10年くらい前だし、そろそろメンテナンスの時期。予約の電話をすると、午後3時10分に来いという

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3時までたっぷり時間があるので、車で聞く音楽の補充のためにCDレンタル屋に行って懐かしい曲を何枚か借りてきた。特に借りたかったのが沢田研二の初期の曲。カウンターのお姉さんに、沢田研二のCDが見つからないんですが、と言うと「サワダ?ケンジ?ですか?」と、生れてはじめて聞いたような顔をされた。
というわけで、今これを聞きながら書いているのですが、なんと言いましょうか、いやーー、ショウワはよかったな

許されない愛
あなただけでいい
死んでもいい
あなたへの愛
危険なふたり
胸いっぱいの悲しみ
さよならをいう気もない
勝手にしやがれ

題名も素晴らしい。額に入れて飾っておきたいくらいに

夢見る微熱少年

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微熱がまだ続いているので原因を考えてみた。微熱が出始めたその日、いつもより多量の珈琲豆を焙煎していて突然、目の前が黒白のまだら模様になり、ブラックアウト寸前までいった。焙煎機の熱で熱中症になったらしい。なんとか気合で持ち直したのだけど、以来、頭がふらふらする。脳細胞が三分の一くらい死滅したのかもしれない。しあわせな気分ではないが、さほど不幸でもない。そのうち治るだろうと放っておいたのだけど、問題は、毎晩、長い夢を見るようになったことだ。うんざりするほど長い夢だ