未来のことは誰にもわからない

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7時過ぎ、最後のお客さんを見送った後、店を閉め、人通りの少ない暗い道を駅に向かって歩いた。夜景のきれいな窓際の席で夕食を食べ、いい気分で映画館に入った。目的の映画には一番座席数の多いシアターが充てられていた。だれもいない広い館内を座席に向かって階段を上る。だれも来ない。しばらくして数人ほど入ってきたが、ほとんど貸し切り状態。もちろん、その方が快適なのだけど、なんだか寂しい。この近未来を描いた大作SF映画は人気がないのだろうか。映画を見終わっての帰り、ネオンが煌めく細い道を歩きながら、恐る恐る同伴者に感想を聞いてみた。すると彼女は言った。さっぱり分からんかった、と

Indian summer

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早川書房 海外SFセール【50%OFF多数】(電子書籍、11/20まで)というのをやっていたので、とりあえず一つダウンロード。手に入れたのは一昨年、新訳で出たスタニスワフ・レムの「ソラリス」。ポーランド語オリジナルからの全訳。解説によると、1965年訳の「ソラリスの陽のもとに」はロシア語訳を底本とした重訳であるため、ポーランド語の言語の表現から微妙にずれている箇所が多く、検閲によって削除された部分がかなりある、のだという。以前この作品を読んだときには、切なく名状しがたい感動を覚えたのだった。人間とは何か、という問いは、こういう風に立てることもできるんだ、と作者が言ってるように思えた。でも、後になって、作者の意図は少し違うらしい、と思うようになった。というのは、タルコフスキーとソダバーグがそれぞれ映画化した時、レムは、意図したものとまるで違う、と言って怒りをぶちまけていたから。タルコフスキーのソラリスは大好きな映画なので、レムがタルコフスキーに、「あんたはバカだ」と言って喧嘩別れをした、という話を知った時は、ちょっとショックだった。主題に対するタルコフスキーの解釈が哲学、宗教的で気に入っていたからだと思う。今回、オリジナルからの全訳を読み進めるうちに、そのディテールの向こうに展開する世界観が今までの印象とは異なっていることに気づいて、新たな感動を味わえるのではないか、と期待しているのです

ベルトを交換

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コーヒーを焙煎する機械のVベルトが老化し、亀裂が入っていたので交換した。前回交換したときは軸を支えているボルトを2個外しただけでベルトを取り外せたのに、どういうわけか、今回はそうはいかなかった。モーターの台座を固定しているナットも緩めなければならなかった。いくら考えても理由が分からない。老化しているのはベルトだけではなさそうだった

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ワニのニュース

つまらない事件があふれる中、ぼく的にヒットしたニュースがこれ。奄美大島にワニがいた、というニュース。だれかが逃がしたのだろうか。それとも海を泳いできたのだろうか

記憶のランドマーク

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昨日、横浜にいる娘から電話があったそうだ。
「明日はあのバカでかいローソクに火を灯すんでしょ?」
この大きなローソク、ぼくにとっては大切な意味のあるローソクなのだけど、あれは忘れもしない数年前の今日の夜、このローソクが妻や娘にとっては意味のない無用の長物であったことを知らされた。そうとは知らなかったぼくは雷に打たれたようなショックを受けた

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でも、横浜に住んでいる娘の脳裏に、実家のテーブルの上で揺らいでるロウソクの炎が不意に浮かんだのだとすれば、このバカでかいローソクもまんざら無用の長物だったとは言い切れない気がする

16bitだものbyみつを

眠い人との対話は退屈だが、眠い自分を観察するのは意外と面白い。今がそう。16bitのWindowsを思い出させる。長い時間稼働させていると、リソースが不足しています、とかいうメッセージが出て、勝手にフリーズする。まるで、疲れたから寝る、みたいな感じで。というわけで、おやすみ

エプロン

ヨッパライ某がダウンしたので、夕食後、エプロンを付けて食器を洗ったり、米を研いだりする。なぜだろう、こんなたわい無い作業が深い充実感を醸し出す。ちょっと大げさだけど、しあわせ、を感じる。与えられた時間を正しく有効に使っている実感、確信、みたいな。でも、「じゃあ毎日やってよ」と言われたら困る

星空

体の疲れは、家に帰り、温かい食事をとって寝れば取れるのだけど、頭の疲れはそう簡単に取れない。動物とは違い、人は体だけではなく頭や心も疲れてしまう。そんな夜、もし星が見えるのなら、星空を眺めるといいことがあるかもしれない。リンドバーグ夫人もそう言っている。

 私たちは寝る前に、もう一度星空の下に出て行って、浜辺を歩いた。そして歩き疲れると、砂の上に仰向けに寝そべって空を見上げ、空の広さに私たちも拡がって行くような感じになった。星は私たちの中に流れ込んできて、私たちは星で一杯になった。私たちはこれが欲しかったのだ、ということが解った。昼間の仕事や、こまごましたことや、親密な感情や、心から話し合えたことさえもが与える狭苦しい気持ちの後では、波のように自分の胸に流れ込んでくる星で一杯の夜というものの大きさと普遍性が欲しくなるものなのである。

アン・モロウ・リンドバーグ(著) 海からの贈物 より