モーターを交換

コーヒー豆を焙煎する機械に備わっている3個のモーターのうち、ドラムを回転させるギヤードモーターから異音が発生しだした。10年前にも同じような症状が出て、その半月後に壊れた。メーカーに聞くと、毎日使っていると10年くらいで寿命がくる、とのことだった。

作業は簡単だ。古いモーターを本体から取り外し、シャフトにはまっているプーリーを抜き取って新しいモーターにはめ込み、もとどおり本体に取り付ける。ところが、困ったことにプーリーがシャフトにへばりついていてビクともしない。かといってバールでこじるとギヤボックス内のギヤからシャフトが抜けてしまう恐れがある。こういう場合、プーラーという専用の工具を使うのだけど、持ってないので自作することにした。

納戸を物色したところ、アンテナステーの部品が使えそうなので、これで試すことにした。針金でステーをプーリーに固定し、ボルトを回してモーターのシャフトを押し出す。

抜き取ることができました。

左が新しいモーター。背後にファンがついていて強制的にモーターを冷却する構造。これまで使っていたモーターにはファンがなく、長時間使っていると触れないくらい熱くなるので気になっていた。今度のモーターは寿命が長そう

プーリーを取り付け、コーヒーを焙煎する機械に設置し、試運転。静かになって、ほっとした

晴れた日曜日の午後

中島らもの「今夜、すベてのバーで」という小説の中で、主人公が「教養とは一人で時間を潰せる技術のことでもある」なんて言ってるんだけど、今日みたいな晴れてポカポカした午後、店でぼーっとしてると、彼が言わんとしていることが、なんとなく分かるような気がしてくるのであった

寒い夜

寒い夜。ひとりでお鍋。いいね。ときには

テレビの横に置いてあったメモ帳

「スポーツジム 車で行って チャリをこぐ」

「ノーメイク 会社入れぬ 顔認証」

AND WINTER CAME

冬がきた。外の寒暖計を見たら8度。というわけで、ついに店の暖房を入れた。20年も使っているエアコンなので、ちゃんと暖かい風が出てくるかヒヤヒヤしながら待つこと数分。で、で、出た~!暖かい風が~!カウンターに座ってたお客さんと拍手喝采! やれやれ

ヨッパライ某は家の近所のソーセージ屋さんちで夜は友達と食事会。終わったら迎えに来て、というので、店を片づけた後ソーセージ屋さんちに直行。ドアを開けると、二人でワインを飲みながら歓談中。ヨッパライ某の友達が、あたしを家まで送ってくれたらワンプレートおごってあげる、というので、よろこんでいただくことにした。でも、運転手なのでワインはナシ。カナシー

とってもおいしいでした。寒い夜はこういうのがいいね。炙ったソーセージと湯気の立つジャガイモ。気分はドイツ。ビールかワインが飲めたらサイコーだったのに

炭火燻製工房 Salzen Rhein (ザルツェンライン)
鹿児島県 鹿児島市
皇徳寺台3丁目34-8

そんな季節

お客さんからいただいたアドベントカレンダー。今日は3日なので、3の扉を開こうと思って探すのだけど、なかなか見つからない

イカル

朝、家の近くで鳥が鳴いていた。きれいな声だったので録音した。鳥の名前は分からなかった。夕方、野鳥博士K君に電話して、録音した声を聴いてもらった。「イカルですね」とのことだった。

インディアンサマー

昼過ぎ、常連のお客さんがやってきた。
やあ、久しぶりだね。
うん、ずっと入院してたんです。と彼女は笑った。
ぼくはその笑顔にちょっとびっくりした。透き通ったガラスのようだった。長く入院していたせいだろうか。それまで店に流れていた音楽が急によそよそしくなった。ぼくはコーヒーをいれながら、何か聞きたい曲がある?と聞いた。なんでもいいです、と彼女は言った。窓から明るい日差しが射していた。ぼくはサイモンとガーファンクルのスカボローフェアをかけた。この曲にはお守りの言葉が書かれている

Parsley
sage
rosemary and thyme

☆ファンクラブ掲示板のおしらせ☆

ふと、「10年前の今日、ぼくは何を書いているだろう」と思って、2009年11月28日の記事をクリックしてみた。


ぼくのファンクラブ掲示板ができたようです。
ファンの皆さん、ありがとうございます。
こちら


「掲示板」。なんだか懐かしい響きがある。10年前はフェイスブックもツイッターもインスタグラムもなかった。それらの前身みたいなものが掲示板だったんだよね。当時、ぼくはある掲示板に時々参加していたのだけど、毎日どこかで炎上していたな

時をかける微熱少年

何かの用事で数分間、店を留守にするとき、カウンターに「すぐに戾ります」という張り紙をして外に出る。「戻る」ではなく、わざわざ「戾る」と書くのには訳があって、学生の頃に読んだ誰かの随筆のせい。以来、ぼくは「戻る」と書くことができなくなってしまった。その随筆に「戻る」はおかしい、と書いてあったから。「戾る」という字を書くたびにそれを思い出すのだけど、誰の随筆だったか思い出せずにいた。ところが、たまたま数日前に読み始めた吉行淳之介の「樹に千びきの毛蟲」というエッセイ集にそれを見つけ、俄然、微熱少年だったあの頃にタイムスリップしてしまった。
以下「樹に千びきの毛蟲」より抜粋


何年か前に、「戾る」が「戻る」になったのはけしからん、と書いたことがある。字劃を一つ減らすことによって、文字を覚え易くしようという考え方はアサハカである。犬という動物は遠くに置き去りにしても、家に戻ってくる。「戸」は「家」の意味で、そう考えて覚えた方が筋が通っているのではないか、と書いた。以来、私の原稿の「戻る」という文字を、わざわざ「戾る」としてくれている編集部もある。ところが右に述べた私の解釈は、間違いであることが、昨年分かった。「戾る」は正しくは「モトル」と読むので、一番元の意味は「裏切る」なのだそうである。犬が帰ってくるのではなく、飼犬が「戸」の下から這い出してゆく形だという。つまり、私の解釈とはまったく反対だった。以来、余計な解釈はしないようにしている。


筆者は「私の解釈は、間違いであることが、昨年分かった」と言っていますが、これを読む限り「戸」の下にあるべき文字が「犬」であることは間違いなさそうです。