閉店間際にいらしたお客様と話していて、ぼくはある女性を思い出し、その話をした。
その時ぼくは20代前半。世田谷にある大手園芸会社でアルバイトをしていた。
その会社に、恐ろしくモテる不思議な女性がいた。
若い男性社員たちは競うようにデートを申し込んでいた。
その女性はおせじにも容姿端麗とはいえなかった。
背は低く、地味で化粧っ気もない。服のセンスは凡庸、顔はそばかすだらけ。
しかし、笑顔がすばらしかった。まるで太陽に祝福されて咲いた花のよう。
ツマラナイ話も丁寧に理解しようとし、やさしく包むような相槌を打つ。
そこにきて時宜にかなったジョークが虚を突いて飛び出す。
まいったね。マヌケな男たちには、もはや抗う術はなかった。
ダースベイダー
アミュプラザでスターウォーズを見た。
エピソード3。邦題「悪に墜ちるオレ」
というわけで、この章はかなり暗い。
ぼくは暗い気持ちをひきずって映画館を出た。
ああ、ぼくはこの暗くなった気分をどうすればいいのだろう。
ぼくはダースベイダーの声でため息をついてみた。
まてよ…
そうだ、明日は休みだ。DVDでエピソード4を見ることにしよう。
鍋の逆襲
朝、ラジオのスイッチを入れると若い女性のパーソナリティがなんかしゃべっていた。
「アタシは朝起きると500cc水を飲むようにしてるんですよ」
なんでそんなアホなマネを、と、ぼくは仕事の手を止めて聞き入った。
彼女は言った。体内の老廃物を水に溶かし、体外に排出するためです、と。
そうか、そういうことか。
ボクも明日から水をたくさん飲もう。最近、ぼくは人を疑うのに疲れている。
続けて言うには、その老廃物をよく捕らえるのは外国のナントカという水なんだ、と。
ところで暑い日が続いている。こう暑いと食欲も落ち、晩飯は何にしようかクヨクヨ悩みがちだ。
そしてつい、安易にソーメンとか冷やし中華などを選んでしまうのである。
が、今日いらしたお客さんは言った。暑いときはキムチがヨイ。インドは暑いが、カレーを食う。
なるほど5000年の歴史を持つインドの答えは明快だ。
今夜の晩飯はキムチ鍋になった。
チンピラ
いよいよ、というか、ついに、というか、やっと終わるスターウォーズ。
最初に見たときは感動したなー。
ハリソン・フォード演じるハン・ソロ。主役にこういう男を持ってくれば活劇として更におもしろかっただろうに。
彼のいないスターウォーズは妙にマジメすぎて、つまらない。
アメリカングラフィティでチキンレースに負けた男。
どこかチンピラのムードを持つ男。
月夜
ふと風呂場から外を見ると、まるい月が出ていた。
狼だったら吠えるところだが、なぜかぼくはエレキギターの音が聞きたくなった。
「長電話とエレキは不良の始まりだ」中学の時の担任はそう言った。
ような気がする。
とにかくエレキの音が聞きたい。腹に響くような大きな音で。
しかし、時計の針は11時を回った。世間一般は静かな夜を迎えている。
ヘッドホンという手もあるのだろうが、耳に悪い。
しかし、ここで我慢すると返っていろんな人に迷惑をかける可能性があるかもしれない。
ぼくはCDをセットし、アンプのボリュームをひねった。
フリーズ
ローカルニュースを締めくくったあと、ラジオはこう言った。「明日の予想最高気温35度」
アナウンサーの声に同病相憐むような調子を感じ取ったぼくは思わず笑ってしまった。
暑い日が続いている。
悪くない、と思う。
関係ないかもしれないが、ぼくはサウナの中に相当長い時間居ることができる。
先日ホテルのサウナ室から出た後、近くの水風呂にとびこんだ。
見過ごしていたのだが、風呂の壁に大きな札がかかっていた。
「海洋深層水ブレンド、水温16度」
ぼくの体は液体窒素の桶に投げ込まれたマグロのような按配になった。
誰も入らない理由がわかった。
近くに居たオッサンが尊敬のまなざしでぼくを見ていた。
海を見ていた午後
今日は月曜なので店は休み。
ところで今日は「海の日」という祝日であった。
どうでもいいことだが逆さに読むと「ヒのウミ」。
たいてい、休日は海が見えるところに遊びに行く。しかし、海の日に海に行くのは国粋主義的マヌケオヤジがすることのような感じがして、これはまずい。
というわけで、何事にもこだわるフリをするぼくとしては今日だけは海に行くわけにはいかないのだった。
というのはウソで、今日は某お客様が美術館に作品を出展してるので見に行くことにしているのだった。
美術館は凪いだ海のように静かであった。絵を見ながら歩いていると、ムソルグスキーのあの曲が頭の中を流れはじめた。
連想は交響詩「海」を呼び、いつのまにか青い海を眺めているぼくを絵の中にみつけた。
夜祭
夜が始まった。午後7時半。あたりはまだ少し明るい。
店を閉め、車で帰るいつもの道すがら、小さな六月灯にでくわした。
7月なのに六月灯。鹿児島の夜祭だ。
車のスピードを落とし、ずらりと並んだ夜店の見世棚に目を走らせた。
手前の店ではプラスチックのフィギュアが所狭しと並んでいる。
街のおもちゃ屋に並んでるときにはまるで精彩を放たないであろうフィギュアも蛾や夜虫の舞う白熱灯の下では妖しい光と陰を表情に宿し、今にも動き出しそうに見える。
六月灯。倦怠期を迎えた恋人たちにお勧め。
琥珀
閉店間際、仕入先の若いニィちゃんがやってきた。
彼は日本人ドミニカ移民の2世。当店の人気珈琲豆「田畑農園」の生豆は彼の会社から仕入れている。
「明日、こんなものが入ってきますよ」カウンターの椅子に腰かけるなり、彼は大きな封筒から一枚の紙切れを出した。
紙面には「赤外線を当てると青く輝く琥珀」と書いてあるだけで、もったいぶって封筒から出すほどのものじゃない。
しかし、ぼくの興味は大いにそそられた。
なぜなら、琥珀はその生成上きわめて保存状態のよい小動物の化石をふくんでいることがある。
マイケルクライトンの「ジュラシックパーク」はそこに着目して出来上がった小説だ。
「虫が入ってるのを探して持ってきてくれ」ぼくはポケットをたたいて見せた。
(ポケットには大金が入っている…フリ)
じゃあ原石を持ってきます。虫が入ってるのもあると思いますよ、と彼は言った。
ドミニカ…ぼくの頭には琥珀の産地としてインプットされている。
珈琲も最近仲間入りしたが。
シャッフル
やさしそうに見えるおじさんは本当にやさしいのか。
きれいな女性は、中身もきれいなのか。
映画を見終わってレコーダーの停止ボタンを押すと放送に切り替わり、
近日放送予定番組の解説を監督らしい中年男がしゃべりだした。
>やさしそうに見えるおじさんは本当にやさしいのか。
ぼくの答えはこうだ。
やさしそうに見えるおじさんはスケベなだけである。
>きれいな女性は、中身もきれいなのか。
おろかな設問である。

