
今朝、仕入先からお菓子が送ってきた。といっても、これは商品なので自分で食べてはいけない。しかし、日が沈んでカラスが帰るころ、ぼくのオナカはグーグー鳴りはじめる。ひとつぐらい食ってもよかろう。そう思って1個食べる。こんな調子で商品は減っていく。
Indian summer

昼下がり、カメラを持って店の前をぶらついていると、どこからかソースの焦げるいい匂いがしてきた。たぶん、川向こうで開かれている「秋の木市」で、お好み焼きを焼いてる匂い。昨日まで降り続いた雨も上がり、あたたかい日差しが射している。駐車場の角に植えてあるキンモクセイの花が咲いている。このキンモクセイは、年に何度も花を咲かせるので、ぼくは呆けているのだろうと思っていた。でも、今年は、わが家のキンモクセイも、この秋、3度目の花を咲かせている。marutaさんちのキンモクセイもそうらしい。
キンモクセイが呆けているのか、気候が狂っているのか。
ところで…
日差しが射す、という言い方、これ、重言ですよね。気になりながらも使ってみたのですが、やはり変かもな~。
なんとか鍋
時をかける後期中年
ぼくは過去に戻る必要を痛切に感じた。ぼくはまた失敗してしまったのだ。もう過去に戻るほかに道はない。ドアを開けて外に出ると、街は寝静まり、コンビニ前の信号も寂しげに点滅していた。ぼくはだれもいない道路に出て黙々と屈伸運動を始めた。体が温まってくると、ぼくは2、3度軽くジャンプしたのちに後ろ向きに力強く走り始めた。ぐんぐんスピードがのってきて音速の壁を越えようとした時、突然周囲の景色がゼリー状に溶けて流れだした。ワープだ。次の瞬間、ぼくの腕時計はゆっくり逆回転し始めた。
つづきません
あと一枚
あの空
磁気嵐
クモの巣

気のせいなのだろうか。今年はクモの巣をよく見かける。どこを見回してもクモの巣だらけだ。高い電線の間にもクモが網を張っている。ヤツはナニを狙っているのか。ぼくはアレじゃないかと思っている。数年前より大量発生し、昼間っからヒラヒラ飛び回っている、黒とダイダイの憎たらしい蛾。そう、キオビエダシャク。でも、キオビエダシャクがクモの巣にかかっているところを見たことがない。クモは頭が悪いのだろうか。もうちょっとしっかり網を張ってほしいものだ。
(クモが嫌いな方、クモの写真を載せてすみません)
先生とは、わけのわからないおじさん

午前中ヒマだったので、先日お客さんが貸してくれた本を読んだ。本を開くと、初めにこんなことが書いてある。
———- ここから ———-
みなさん、こんにちは。
「先生はえらい」というタイトルの本を書くことになりました内田樹です。この本は中学生や高校生を対象にした新書シリーズの一冊です。このシリーズの一冊を担当することが決まったとき、編集者の方に、「どんなことをいま、いちばん中学生や高校生に伝えたいですか?」と訊ねられました。コーヒーをスプーンでくるくるかき回しながらしばらく考えて、こう答えました。
「『先生はえらい』、かな」
今の若い人たちを見ていて、いちばん気の毒なのは「えらい先生」に出会っていないということだと私には思えたからです。
———- ここまで ———-
「だよなー、ぼくもエライ先生に出会っていたなら、今頃こんなことはしてなかっただろうし」
思わずぼくはタメ息をついた。で、その、えらい先生って、どんな先生なんだろう。
興味津津、ぼくは読み進んでいった。その逆説的な展開にびっくりしながら読んでいくと、残りのページも少なくなってきたあたりで、こんな文に出会う。
私たちが敬意を抱くのは、「生徒に有用な知見を伝えてくれる先生」でも「生徒の人権を尊重する先生」でも「政治的に正しい意見を言う先生」でもありません。
私たちが敬意を抱くのは「謎の先生です」
な、謎の先生? えー?なんで~。
それは、この本を読めばわかることになっていますが、本の初めのほうに書いてある次の文句がそれを示唆しています。
「私たちが学ぶのは、万人向けの有用な知識や技術を習得するためではありません。自分がこの世界でただひとりのかけがえのない存在であるという事実を確認するために私たちは学ぶのです」
ぼくはこれを読んで、オスカーワイルドの「人生は芸術を模倣する」「自然は芸術を模倣する」という文句を思い出しました。自然は芸術を模倣する。一見、逆のようですが、これでいいんだと思います。芸術は自分の中にあるのですから。
それにしても、これが中、高校生向けの本だなんて。
おらータマゲタだ。






