ぼくは日記を書く。なぜだろう。ずいぶんむかしからそうしている。さっき、古いフィルムをスキャンしながら、ふと思い立った。もしかすると日記と写真がシンクロしているのでは? さっそく古い日記を開いてみた。古い日記も、フィルムの箱に納めてあったのだ。調べてみると、かなりの確立で写真を撮りに行ったことを書いている。というわけで、これをブログ化してみた(ヒマなオレ)。下の写真は、その日に撮った、同居人F。なお、ホモダチではありませんので念のため。

アパートの同居人Fと、その部屋

ぼくの部屋でポーズを取る同居人F
揺れるまなざし
20年以上前のブログ
先日いただいたスキャナーを使って、納戸の奥で静かに眠っている古いフィルムを揺り起こすことにした。一時間ほどかけて納戸の奥深くからフィルムの詰まった箱を取り出し、フタを開けると、やれやれ、ネガとポジがめちゃくちゃに投げ込まれていて、ひどい有様。その中から適当につかんで読み込んでみると… いや~コレは懐かしい。と、そこでぼくはひらめいた。これらの写真を使って過去のブログを作成したら…。で、さっそく試しに作ってみた。

バスストップ
地図のない世界
今朝、深いもやの森で目覚めた。夢の続きのように。そこには得体の知れない不安が、木陰、丘の上、沼のほとり、あちこちで思い思いに小さな渦を巻いていた。ぼくはそれにかかわらぬよう、慎重に避けながらいつもの道を探した。地形は毎朝変化する。いつもの道はもやで隠され、はっきりしなかった。ぼくが眠っている間に、心のくぼみにたまった澱を何者かが舞い上げた。手立てはなく、もやの中をとぼとぼ歩く。
フィルム
103
今日は何の日
今日は文化の日。 これは国家レベルでの話だ。

今日はローソクを燃やす日。 これはわが家レベルでの話だ。
24のメモリまで燃やすために、今も横で燃え続けている。

燃やし始めたころの写真。もちろん、どうでも良いレベルの話だ。








