
長いようで、そうでもなかったLONG VACATIONもいよいよ明日で終わり。何事も始まりがあり、終わりがある。すべては終わりに向かって始まっていると言っても過言ではない。たとえばこの長たらしい無意味な前置きも、終わりに向かって始まり、そしてこのように終わる。つまり、ここから本文が始まる。予報では午後から雨とのことだったが、雨らしい雨は降らなかった。

ほんとうはドライブに行きたかったのに、予報を信じたばかりに貴重な休日をほとんど家の中ですごしてしまい、昼ごはんを近くのマックで食べることになった。そして一番安いバーガーを2個食べるつもりのところをオマケがもらえるというので欲しくもないダブルバーガーセットを頼んでしまったのだった。これは重要な示唆を含んでいる。天気予報に左右されないための人生計画の見直し、そして確立。そう、これは人生における危機管理の問題のひとつなのだ。

あの松下幸之助はこう言った。雨が降れば傘をさす。じつに明快だ。簡単な事を複雑にするのが得意なあまり、いつのまにかぼくは人生のラビリンスに迷い込んでしまったようだ。行動を決定するに当たって予報を過度に優先してしまっている。過ぎたるは及ばざるが如し。予報はたしかに安全の確率を上げる。しかし同時に、かけがえのない何かを犠牲にしている。予報はともすれば人生をつまらなくする。というわけで、この記事もなんだかわけのわからない迷路にはまりつつあるようなので終了することにする。
なまえのわからない植物
正月みたいな一日
ん10年ぶりに雪だるまをつくってみた
昼ごはんは海軍カレーだった
なんじゃこりゃ~
30日
朝起きると12月30日だった。つまり、今日は自宅の大掃除の日である。いつものように風呂場から開始した。昨年はカビキラーを無駄に吹きまくったせいで風呂場にガスが充満し、危うく死ぬところであった。そこで今回は時間をかけて丁寧に洗い、必要に応じてカビキラーを使うことにした。

風呂場がピカピカになったところでぼくは雑巾を手にとった。ぼくは雑巾を手にすると人が変わってしまう。というより、意識的に変わるのである。つまり、手の中の雑巾がいったい何を考えているのか探るわけだ。雑巾の真ん中付近を見つめながら意識を集中していく。すると次第にトランス状態になって意識が遠のいていく。やがてぼくは雑巾のしもべと化し、雑巾の思うままに動き始めるのである。

ふと気づくと、いつの間にかぼくは汚れてボロボロになった雑巾を洗っていた。どうやら雑巾がけは終了したらしい。時計を見ると、雑巾を手にして2時間ほど経過している。見回すと、あらゆるところに雑巾がかかっており、見よ、ピカピカに輝いているではないか。見事に雑巾がけが終わっている。ただ、普段使わない筋肉を使うために、あとであちこちが痛くなるのが難点といえば難点だ。

雑巾がけのあと、リビングのレースカーテンを洗濯した。乾かすのは簡単だ。洗濯の終わったレースカーテンを元のように吊るせばよい。清い人のことばがそうであるように、白さを取り戻したレースカーテンほど心の休まるものはない。かもしれない。
29日
今年一年、お世話になりました
冬のピョン吉くん

今年のお仕事も終わりが近づいた。そんなわけで、今日は休みだったけど機械の分解掃除を始めた。部分部分で分解し、キレイに清掃して再び組み立てる。今日はブロアモーター周りとサイクロンの清掃、バーナーの調整を行った。明日は今年最後の焙煎になる。今年もいよいよオシマイ。

作業を終えて一息ついていると、喫茶店の女の子がナニか変なものを持ってきた。野菜を洗っていたら、コイツがピョコン、と出てきたのだそうだ。農薬を使わない、新鮮な野菜を仕入れているってことかな。これ、どうしよう、ってことでいろいろ頭をひねってみたのだけど、ペットにする、という案はエサの確保が面倒ってことでボツ、テンプラにするのはちょっとかわいそう、ってことでボツ、結局、近くの川に放すことになった。

無事冬眠してくれるといいね。
















