
今日も一日が通り過ぎていきます
昼のあわただしさの中で忘れていた
人を愛する優しさ
人を信じるぬくもりを
そっとひろげてみます
夜空の星のきらめきとともに
それぞれの想いをのせて過ぎていく
このひととき
今日一日のエピローグ
クロスオーバー・5時半
いつかはペリカン

思いつくままノートに書くようになって早2週間。この習慣化は久々のヒットであった。驚いたのはパソコン慣れで書けなくなった漢字が次第に書けるようになってきたこと。忘れた漢字を頭で思い出して書こうとしても出てこない。でも、ノートに書いていると手が覚えているらしく、いつのまにか書けるようになる。ボールペンではなく、万年筆を選んだのも良かったようだ。オーディオマニアならわかると思うけど、むかし、レコードをかけるのは儀式のようなものであった。レコード盤をそっとジャケットから取り出し、厳かにターンテーブルに載せ、心を鎮めて針を降ろす。CDやiPodを神妙な顔をして操作する人はまずいない。あれは家電のリモコンと変わらない。というわけで、万年筆を使うことで、書くという作業を趣味の領域に近づけようと試みているのであった。なんちゃって。ちなみに今日書いたノートから拾ってみると、ドストエフスキーはかつて「私は私の苦悩にふさわしくなくなるということだけを恐れた」と言った。などと書いてある。ノートと万年筆だと臆面もなくこんな事を書いてしまうから怖い。なんだか青春しているみたいだ。ちなみに、フランクルの夜と霧からの抜粋










