クロスオーバー5時半

121012_02
今日も一日が通り過ぎていきます
昼のあわただしさの中で忘れていた
人を愛する優しさ
人を信じるぬくもりを
そっとひろげてみます
夜空の星のきらめきとともに
それぞれの想いをのせて過ぎていく
このひととき
今日一日のエピローグ
クロスオーバー・5時半

いつかはペリカン

121008_26
思いつくままノートに書くようになって早2週間。この習慣化は久々のヒットであった。驚いたのはパソコン慣れで書けなくなった漢字が次第に書けるようになってきたこと。忘れた漢字を頭で思い出して書こうとしても出てこない。でも、ノートに書いていると手が覚えているらしく、いつのまにか書けるようになる。ボールペンではなく、万年筆を選んだのも良かったようだ。オーディオマニアならわかると思うけど、むかし、レコードをかけるのは儀式のようなものであった。レコード盤をそっとジャケットから取り出し、厳かにターンテーブルに載せ、心を鎮めて針を降ろす。CDやiPodを神妙な顔をして操作する人はまずいない。あれは家電のリモコンと変わらない。というわけで、万年筆を使うことで、書くという作業を趣味の領域に近づけようと試みているのであった。なんちゃって。ちなみに今日書いたノートから拾ってみると、ドストエフスキーはかつて「私は私の苦悩にふさわしくなくなるということだけを恐れた」と言った。などと書いてある。ノートと万年筆だと臆面もなくこんな事を書いてしまうから怖い。なんだか青春しているみたいだ。ちなみに、フランクルの夜と霧からの抜粋

夢の途中

121008_21
映画ブレードランナーに、こんなシーンがあった。アンドロイド製作技術者が家に帰ると、小さなロボットが彼を出迎えてくれる。彼の孤独がいっそう際立って、なんだか悲しかったな

東の空

121005_01
                       アルデバラン
                月
        木星
FMアンテナ
  灰  灰 灰
    灰 灰 灰 灰 灰 灰 灰
                   桜島
      丘丘丘丘ーーーーーーーーーーー丘丘丘丘

フール・オン・ザ・ヒル

121001_11
某小説家の短編にプールサイドというのがあって、主人公は人生の折り返し点を35歳とする。彼は振り返り、顧みて、初めて人生の渇きを覚えるのだが。
人生に折り返し点があるようには思えないのだけど、そのような人生上の「点」について一言いうなら、突然霧が晴れるように視界が開ける小高い丘のような「点」はある、と、最近思う。