お別れの写真

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近いうちに取りに来るから、これ、押さえておいて、と言われたカップ。ぼくも気に入っていたのだけど、なくなると見れなくなるので写真を撮っておくことにした。

二人でオナベを

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ナベを囲むなら4人がいい。3人だとさびしい。酒を飲んでも酔いがまわらない。もちろんこれはぼくの偏見。ぼくら友人仲間4人は毎年、年末この時期、忘年会をした。でも、友人の一人が先に川の向こうに渡って以来、ナベを囲んでも妙にさびしく、盛り上がらなくなった。わが家は4人家族。冬の寒い日、4人そろう夜にはナベを囲むことが多かった。でも今は3人。娘が県外に出たから。そして来年には息子もいなくなる。

目覚まし

いつからかぼくは某国営ラジオの音楽で目覚めている。今朝、それはシューベルトの未完成であった。悪くない。悪くないぞ。と、ぼくは寝ぼけマナコでつぶやきながらベッドから起き上がった。その昔、ずいぶんむかし。ぼくはカセットテープレコーダーをタイマーに接続し、毎朝同じ音楽で目覚めていた。ちなみにそれは天地真理の「あなたーを待つのーテニースコーートーー♪」というのであったが曲名は忘れた。こういうのをいつまでも覚えているのは記憶の無駄だと思うのだが、自分ではどうしようもない。明日の朝は何がかかるだろう。楽しみだ。おやすみ

12月の記憶

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12月。冬は寒いから嫌いだけど、12月は好きな月。たぶん、子どものころの楽しかった記憶がそうさせるのだと思う。たとえば家族でクリスマスツリーを飾った記憶。飾っている家族たちの楽しそうな顔、顔、そして歓声。忘れかけた遠い思い出。その記憶の余熱がぼくを温めてくれているのだとおもう。
写真は、昨夜お客さんが港の近くで撮った愛車の写真。いい感じ

大地の恵みじゃー その2

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親元を離れ、自炊生活を始めたとき、はじめて米のありがたさを知った。親と暮らしていたときは、メシもフロも電気も水道も、洗濯も自動的に行われ、全部タダだった。だが、親元を離れると、突然すべてが手動になり、有料になった。今でもあの時のショックが忘れられない。いつのまにか米の入っている袋が空になるのだ。それはぼくにとって意外なことだった。米は永遠に途切れることなく、空気のように「ある」ものだと信じていたから。という話をするつもりじゃなかったんだけど、写真のお米をもらったとき、なんだかとてもうれしくて…。たぶん、前述のような経験のせいもある、と思うんですよね、うん

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昼過ぎ、店にいらした紀行窯さんから手作りのお米をいただいた。薬や肥料に頼らず、大地の恵みだけで育てたお米だそうです。すげーなー。詳しくは、紀行窯さんのブログ、フェイスブックで
※カップは紀行窯さんの作品です。