土曜の午後

久しぶりに変人王A氏がやってきた。そしていつもの笑顔を浮かべ、
「自分でコーヒーをいれるのがめんどうになってきてさ」と言った。
「ふーん、年をとるとなんでもめんどうになってくるからね」とぼくが言うと、
「それに、自分でいれたコーヒーがうまかったことが一度もないんだ」と言った。
つまり、コーヒーメーカーが欲しい、というのであった。
冗談だろうと思っていたが、どうやら本気らしく、今まで見たこともない真剣さでコーヒーメーカーの説明書を読んでいた。ぼくは少し不安になった。いずれぼくも、コーヒーメーカーでコーヒーをいれるようになるのだろうか。

赤い花

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シソの種を植えたはずなのに、変な草が生えた。引っこ抜こうと思っているうちに、つぼみがついてしまった。しかたがないので、花が咲くまではそのままにしておこうと思った。
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今朝、赤い花が咲いていた。

星に願いを

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ぼくがまだロマンチストだった頃。
ぼくはいつも何か思いつめていた。
夜になると、だれもいない部屋でオルゴールのねじを巻いた。
星に願いを、という曲だった。
夜ごとそれを聞いていた。繰り返し聞いていた。
もう今はオルゴールのねじを巻くことはない。
星を眺めることはあっても、星に願うことはない。

20年前

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某珈琲店の駐車スペースにある配電盤。

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配電盤を開けると、床から130cmのところに、横一文字の細い線が見える。

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よく見ると、その線は泥が固まったものだ。
その日、近くの川から溢れ出た水はこの高さまで達したのだった。

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20年前、某珈琲店の界隈は泥水に浸かった。
「8・6豪雨災害」
なお、そのころはまだ某珈琲店は開業していなかった。

スイカをめぐる冒険

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マーロウ君、さっきから気になっているのだが、その冷蔵庫の上にある丸いものは何かね。
男はカウンターから身を乗り出すと、新種の化石を発見した学者のように目を輝かせた。
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ジョーンズ、君は知らないのか。これはスイカという食べものだ。
私は冷蔵庫のスイカを取りあげ、彼の前に置いた。

ビールと星には秘密があるのです

夕食後、屋上でビールを飲んでいると海のほうで花火が上がり始めた。
どこだろう、卸団地かな。ヨッパライ某が言った。
卸団地の花火大会かもね。
ぼくはベンチに腰掛け、空を眺めていた。酒をあまり飲まなくなったせいか、缶ビール一つでいい気分になる。
ぼくはいつものように、つかみどころのない話をはじめた。
分かろうと近づいていくと、それは逃げていくんだ。やっとそれが分かったよ。
ヨッパライ某は聞くともなしに聞いていたが、話が終わったと知ると、先日テレビで見たというカバの話をはじめた。見かけはおとなしそうだが現地ではワニより恐れられている、という話だ。カバが獰猛なのは知っていたので、ただ頷いていたが、その後の一言が興味を引いた。イルカの祖先はカバだというのだ。ふん、そんなカバな。
あ、流れ星、とヨッパライ某が叫んだ。ぼくには見えなかった。
あ、でかい! ぼくは叫んだ。大きな流星が右手を流れた。ヨッパライ某には見えなかった。
二人で星空を眺めていると、西に傾いたさそり座から小さな光がぐんぐん上ってきた。
あれはなんだろう。点滅しないし、飛行機じゃないね。
ずっと目で追っていたが、天頂付近で見えなくなった。ワープしたのかもしれない。
あとで調べてみると、それはただの国際宇宙ステーションだった。

To say Good bye is to die a little

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仕事に出かける前に髭を剃る。髭が生えてこない人には経験のないことだろうけど、剃り終える前にヒゲソリの電池が切れることがある。予期できないわけではない。不注意なだけなのだ。物事を甘く見ているのである。先ほど、書籍リーダーで探偵小説を読んでいたら電池が切れてしまった。だいぶ前から電池切れの警告が出てたのだけど、無視し続けて読んでいたらそうなった。これは不注意とはいえないだろう。ぼくは不注意な人間ではない。

さびしい夏の夜

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風呂から上がって屋上に上がり、フェンスにもたれて夜景を眺めていた。遠くで灯台が点滅しているのが見える。風が気持ちよかったので、時を忘れて夜景に見入っていた。が、ふと、どこかおかしいような気がしてきた。何かが足りない。でもそれが何なのか分からない。なんだろう。虫の声は聞こえる。夏の夜だから。そうだ、前の通りの外灯に虫がいない。いつもなら、こんな夏の夜、虫たちが外灯のまわりでお祭り騒ぎをしているのだ。それがまったくいない。外灯のまわりは通夜のようにひっそりしている。昨年の暮れ、家の前の通りの外灯は全部LEDランプに付け替えられた。原因はそれだった。LEDランプに虫は寄ってこないのである。ああ、なんてこった。ぼくの夏の夜は思いがけず消えてしまった。さびしい。ぼくはさびしいぞ。だれかこの寂しさを解ってくれるだろうか。