A LONG VACATION 2日目

年末の大掃除という言葉はぼくのためにあるのではないだろうか。朝、作業開始のゴングが鳴る。朝食もとらずに掃除を開始、10分で昼食を済ませ、修行僧のように黙々と作業に取り組み、次々と終わらせていく。ふと時計を見ると夜の7時。燃え尽きたぜ、真っ白に

A LONG VACATION 1日目

131229_01 一見、長そうに感じられる休暇はいつものように墓掃除から始まった。着いたときにはまだだれもいず、冷たい風がさびしく吹いていた

131229_05 墓所を後にし、店に向かった。年に二度、店の大掃除をする。今日がその日だ。機械を分解し、煙突を外し、中のススを取り除く

131229_04 昼になったので、近くの食堂で食事をとることにした

131229_03 ずいぶん昔からある店なのだが、中に入るのは初めて。チャンポンをたのもうとしたら、売り切れで、うどんかソバしかない、という

131229_02そばを注文すると、ご飯と冷奴と生卵がセットになって出てきた。卵はご飯にかけて卵ご飯にした。かまどで炊かれたご飯はとてもおいしかった。これで250円。ちなみにチャンポンセットは350円

A LONG VACATION 前夜

131228_01ぼくにしては忙しい日々が続いてしまった。でも、それも今日まで。忙しかった日々よサラバじゃ。なんていいたいけどね。明日はもっと忙しいのだ

同じ方向を その2

今になってしみじみわかる。サンテグジュペリのあの言葉、サンテグジュペリの悩みの深さが。
あの言葉、7年前このブログに書いた。軽々しく。えらそうに。
あのときはよくわかっていなかった。
今はよくわかる。とくに、お酒を飲みたくなる夜に。
「愛するということは、お互いに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだと。」

静養中

131223_01 朝、目覚めて時計を見ると10時半。やれやれ、ずいぶん寝たもんだ。ここ一週間、胸が痛くて熟睡できなかったせいだ
131223_02休日なのに遠出をしようという気分にならないのは、胸の痛みが予想外に長引いているからだろう。体が静養を欲しているのだ。昼ごはんは近場でとろうと思い、山の向こうのソバ屋に行った131223_04 ソバ屋の帰り、峠で車を止め、ヨッパライ某に運転を代わった。車を降り、県道から旧道に分け入り、歩いて帰ることにした。おなかが膨れたせいか、すこし元気が戻ってきた131223_05 ここは旧伊作街道。今は人や車の往来はまったくと言っていいほどない。だれもいない静かな道を歩くのは気分がいい。聞こえるのは併走する沢のせせらぎと鳥の声だけ。ただ、踵から突き上げてくる振動が時折胸の痛みを呼び起こすのは残念。でも、上手に歩けば痛みは気にならないほどだ131223_06ゆっくり歩いたので、家に帰りつくのに2時間ちょっとかかった

回転系

131222_01 回転系の中で暮らしていると、同じと言っていいほどよく似たシチュエーションが繰り返しやってくる。たとえば冬至。それは毎回ほとんど変わることがない。でも、それを迎える側のぼくは変化し続け、やがて消えてしまう

ぼくの体は全自動なのです

肋骨がポキン、となって、明日で一週間。
まだ寝返りは打てない。
痛くて必ず夜中に目が覚める。
それにしても不思議だ。
何もしてないのに、肋骨は元通り治っていく。
全自動。すごいね