あの頃に帰りたい かも

ある本を読んでいて懐かしく思った。学生のころ、レベルは劣るものの、ぼくもこれと似たようなことをずいぶんノートに書き込んでいた。そのノートのいくつかは今も残っている。大学ノート5冊分くらいある。数年前、古い写真のフィルムを整理しようと、ぼろぼろの段ボール箱を開けたら、その下からこのノートが出てきた。読んでびっくり。ひどく理屈っぽいが、かなり鋭いことを指摘している。まさに今のぼくに向けて発している警句もあって、思わずたじろいでしまう。やれやれ、ほんとに、ぼくがこれを書いたのか。やるじゃないか。今じゃもうこんなことは書けないぜ。なぜ書けなくなったのか。だいたい見当がつく。女の子たちと遊ぶようになって書けなくなってしまったのだ。そんな立派なことを言える自分じゃないことに気付いてしまい、恥ずかしくて書けなくなった。というか、実際堕落してしまった気もする。とりあえず自分のバカさ加減を気付かせてくれた女の子たちに感謝しつつも、ちょっと惜しい…かも。(まさかこの本の筆者が女の子を知らなかった、ということはないだろうけどね)

素晴らしい人生だったと伝えてくれ

160130_02 昨夜、ふいにウィトゲンシュタインのある言葉が気になりだしてwikipediaで調べたら、そこには彼の人となりが喜劇役者のように描かれていて思いがけず愉快な気分になった。ぼくだけがそう感じるのかもしれないけど、この記事を書いた人はユーモアのセンスがあると思う。なお、記事によると、ウィトゲンシュタインの最期の言葉は「素晴らしい人生だったと伝えてくれ(Tell them I’ve had a wonderful life)」だったそうだ

今夜トリッパー

160121_02 そんなわけで今夜も谷内六郎さんの絵を眺めてるのです。六郎さんの絵を見てると、ふと重力が弱くなって、だれも知らないところに飛んで行っちゃうのです

冬のたのしみ

160126_01冬らしい日が続いている。冬の楽しみといえば、火鉢でモチを焼いたり、スルメをあぶったり、こたつでトランプをしたり、みかんを食べたり…。書き並べて思ったけど、どれも最近やったことがない。冬が嫌いになった原因がここにもありそう、かも

ふゆ

160125_02 朝、玄関のドアを開けると、トロピカル仕様の庭の木々が雪をかぶってしぼんでいた。わが家に冬は似合わない。冬はきらいだー

Heavy Weather

160124_01 朝起きて屋上に上がると、世界の様子が変化していた160124_03 日曜日なのに、しかも大雪だというのに、ぼくは仕事。店の前の通りも派手に吹雪いていた2016_01_24_3店の向かいの赤い門。雪でよく見えない。高台にある自宅周辺の積雪がひどくなったらバスで帰るつもりでいた。ところが、バスは3時で運休となってしまった160124_04 閉店後、雪の降りしきる夜道を自宅へと急いだ。急がないと高台ではすぐに雪が積もる。大雪のせいか、車はほとんど走っていない。路面は雪に覆われて真っ白。交差点で停止しないよう、スピードを調整しながら走る。上り坂で止まるとスリップして発進できなくなるから。スピードをキープし、ドリフトしながら交差点を曲がっていく。わが家が見えてきた。いつもならバックで駐車するのだけど、止まると動けなくなるので頭から突っ込む。やれやれ、家に帰るのも命がけだ160125_01 夜中の12時ころ、外に出てみたら月が出ていた。昼のように明るくてびっくりした

冬だな

160118_03 セーターの上にウィンドブレーカーを羽織り、小雨ぱらつく団地周辺をぶらぶら160118_04 外は北風。ここはポカポカ

お昼過ぎにいらしたお客さんの話

昼過ぎにいらしたお客さんの話。年末にテレビが壊れた。購入した電気店に修理に来てもらい、部品を取り換えたが治らなかった。それで別の部品を取り寄せて交換したが、やはりだめ。ぼくたちはテレビのない日々を過ごした。だがそれは思いがけず新鮮な日々だった。そしてしみじみ反省した。ぼくたちの生活はテレビに洗脳され、コントロールされていたのだと。でも、テレビの修理が終わったとたん、もとの生活に戻ってしまった