A LONG VACATION 1日目

というわけで一年のうちで一番長い休みが始まった。目覚ましの鳴らない朝は、いくつになっても子供のようにうれしい。朝日の射す明るい部屋でコーヒーを飲み、しばし読書。10時30分、ヨッパライ某と車に乗り込む。墓の掃除と店の大掃除。途中、花屋に寄る。正月用の飾りが並んでいて、なんだか急に年末気分になり、ほんわかした。

天気のいい日の墓掃除は楽だ。そういえば、今まで雨が降った記憶がない。雨の日に墓掃除なんて絶対したくない。想像しただけで怖い。お化けが出そうな気がする。

店の大掃除の前に、駅ビル地下のラーメン屋で腹ごしらえ

店の機械を分解掃除し、ステンレスポットを洗う。大掃除が終わったのが5時30分。夕食をどこで食べるか迷ったが、考えるのがめんどくさくなって、いつもの漁港近くの寿司屋に向かった。山を越え、海沿いの道路を南下。到着したのが7時20分。ぼくはタカエビ定食、ヨッパライ某は生ビールと地魚定食を注文。はらが減っていたので、ご飯をお代わりした。

店を出た後、近くの漁港に灯台を見に行った。真っ暗闇の中に光が点滅しているだけで、写真に撮るのは難しそうだった。

ラプソディ

朝起きて時計を見ると8時35分だった。目覚ましを切って寝ると、だいたいこうなる。天気がいいので、ポットにコーヒーを詰め、ドライブに出かけることにした。

昨夜、ヨッパライ某とその娘は、ボヘミアンラプソディ、という映画を見に行っていた。とてもおもしろかったそうだ。というわけで、ドライブのBGMはクイーンのアルバムをチョイス。ロックは大音量で聞かなきゃ意味がない、という持論があるので、デカい音でガンガン鳴らしながら高速道路を飛ばした。

行先は、むかし、某コーヒー店の近くにあったイタリアレストラン。そこのキノコスープが無性に食べたくなったので、その移転先に出向くことにしたのだった。

冬の海。灯台。熱いコーヒー。

人生とは・・・
なんちゃって

今夜はクリスマスイブ。帰りにスーパーに寄って、いつもより高いワインを買った。とてもおいしかったです。

クリスマスイブなのにモツ鍋。 なんか違う

くもり空

時間に追いかけられる感じ。むかしはさほど気にならなかったのに。気持ちに余裕がなくなり、妙に息苦しい。先週がそんな感じだった。

ぼくの考えによれば、上手に生活すれば時間は透明化し、意識に上ってくることもない。はずなんだけど。まあ、無理だね

というわけで、天気はパッとしなかったが、カメラを持って山の上の公園に出かけた。

曇った日には曇った写真を撮る。気分も晴れないから曇った写真が撮れる。

同行する同伴者に対しては、できるだけ明るく振舞おうと努力する。なぜなら、ぼくもそうして欲しいから。暗い顔を見ると冬のような気分になる

山を下り、海に面した公園に行った。海を見ようと海に向かってとぼとぼ歩いているうちに雨が降り出した。

帰りにディスカウントストアに寄って夕食の材料を買う。ぼくは安いワインを一本買ってもらった。家に帰りつき、郵便受けを見ると、注文した本が届いていた。先日、火野正平の本を借りて読んだらおもしろかったので、「人生下り坂最高!」というのを買ってみた。たまたまだけど、この、「人生下り坂最高!」というテーマは、今読んでいる「新・安心して絶望できる人生」のテーマとどこか被るところがある。以下、そのまえがきより抜粋


—- しかし、病気や人間関係も含めた生活上の苦労が解消しても、依然として私たちには「老い」を含めた「生きる」というあたりまえの苦労が待っています。それは「夜と霧」で知られた精神科医V.フランクルが人間を「ホモパティエンス—苦労する人間」と言ったのとも共通しています。四十年を超えるソーシャルワーカーとしての私の経験を振り返っても、一番厄介だったのがそのような日々を生きなければならない「自分とのつきあい」でした。その経験から生まれたワーカーマインドが「一番つきあいの難しいクライエントは私である」という自己理解です。その意味では、精神障がいとは、そのような生きる苦労が究極に“煮詰まった”状態—苦悩の最大化—と言えます。しかし、当事者研究の活動をとおして学んだのが、苦痛であった「病気」が、現実の「苦労」に変わり、そして避けて通ることのできない「苦悩」の領域に、みんなで「降りていく生き方」の中に、“人生の回復”があるということです。「研究する」という、“降りかた”によって、私たちの日常はこころを躍らせる未知の世界への冒険や探検に変わるのです。—-


当事者研究とは、この本によると、

2001年にはじまった「当事者研究」は、統合失調症や依存症などを抱える若者たちが、仲間や関係者とともに、病気とのつきあいも含めた自らの生活上の苦労を「自分の研究者」になったつもりで考え、そのメカニズムを解き明かし、そこから生み出した「知」を日常の暮らしに役立てようという試みで、現在は、国内はもとより海外にも広がり、世界的にも注目を集めるようになりました。

というものです。

以下はある若者の研究発表からの抜粋ですが、ぼくはこれを読んでずいぶん心を揺さぶられました。


「生」と「死」は両極端のようでありながら、同じ方向をさしている。「死ぬために生きる」この矛盾した感覚がどうも落ち着かない。人として生まれたからには、やっぱり人と人とのつながりを感じていきたい。目を閉じたときに、暗闇の中にポツンと存在する自分を見ると「なんて儚いんだろう」と思う。物や情報の中に存在していると、なんだか力を得たような気分になる。でも、そういうものは幻の感覚なのかもしれない。短大を中退して以来九年間ずっと同じ苦労のサイクルをくり返してしまった。自分の居場所探しの旅は、海外も含めて九千キロにも及び、やっと、今、浦賀に辿りついた。ここでは、自分の気持ちをあたりまえに公開できて、自分の気持ちを語れる場がある。そして、それを聞いてくれる仲間がいる。気持ちを言葉にする……そんなあたりまえのことがどんなに大切なことであったのか、ここに来て改めて気づかされた。人と人が心でふれあえるあの感覚。浦賀に来てそういう人から感じるやさしさにふれ、幸せを感じている。みんな、弱さをもっているからこそ心と心のコミュニケーションが成立するのかもしれない。人は人の中で存在し、死を迎える。だからこそ、人として生まれた意味を追求したい欲求が消えることはない。


暗闇に降りてみないと大切な光は見えないのかも

あの日フライマン

いろんな用事が終わったのが2時。くたくた。疲れると海をみたくなる。遅い昼食をとるために、山を越え、海のそばの食堂に行った

なんだか疲れていて、メニューを開くのもめんどくさくて、なにも考えずに魚フライをたのんだ

食事を終え、ヨッパライ某が本を買うというので駅前の本屋に寄り、インター近くのディスカウントストアに夕食の食材を買いに行った。レジが異常に混んでいた。アナウンスによると、停電のために機械が変になったのだという。今日は早く帰って、車のヘッドライトのランプを交換しなければならない。

家に帰りついたのが5時前。日はやがて沈んでしまったが、暮れなずむ空の下でランプの交換作業を行った

夏のまぼろし

「豆乳鍋を食べたい」という家族からのリクエストがあったので、山の上の豆腐屋に豆腐と一緒に豆乳を配達してくれるよう、メールを送った。すると、豆腐屋の美しい奥様から次のような返事が届いた。

 ありがとうございます。承知致しました。
爽やかな秋晴れが続いてますね。ここから直ぐの丘の向こうの集落に、向日葵が一面に咲いてる所がありますよ。一人5本まで持ちかえり出来ます。鎌も置いてあります。地域おこしの一環なんですが。向日葵の黄色の透き通るような爽やかさは、真夏の向日葵では味わえませんぜ ♪

ひまわりが一面に咲いている? やれやれ、七日は立冬だというのに。ひまわりは夏のシンボル。夏の訪れを知らせてくれる大切な花。ぼくの精緻な脳内カレンダーが狂っちまったらどうしてくれるんだー!とかいいつつ、車を南に走らせた。

たしかにひまわりは咲いていた。でもそれは夏に咲くひまわりとは別のなにかだった。そう、これは夏の幻。あぜ道に置かれたベンチに腰掛け、秋のうららかな日を浴びながらうとうとしていると、過ぎた夏が夢のように走り抜けていった

なんとなくピクニック

顔を布団から出し、時計を見ると7時40分だった。もうすこし寝ようと布団をかぶったが、なんだか眠れそうになかった。年をとったせいかもしれない。

弁当を作ったから、どこか行こう、と、ヨッパライ某が言うので、どこに行こうか考えてみたけど、寝ぼけてて何も思いつかなかった。

結局、コスモスを見てイチョウを見て、海を眺めながら弁当を食べよう、ということになった。ヨッパライ某の母も誘ってみたが、血圧の問題とかで、参加できなかった。

山の上の公園は人気がなく、風の音と川の流れる音が聞こえるだけだった。イチョウは少ししか紅葉してなかった。

山を下り、海の見える丘に上った。

東シナ海

魚肉ソーセージは?と聞くと、冷蔵庫にあった材料だけで作ったから、ないよ、とのことだった。3人分なので、けっこうな量。おにぎりは12個もある。

ヨッパライ某が2個、ぼくは8個食べた。家の中だと4個くらいしか食べられないのに不思議だ

どこかの島からロケットが飛んだ

丘の上に着いた時、車のタイヤがずいぶん減っていることに気付いた。時間に余裕があったので、帰りに某ホームセンターに寄ってタイヤを交換した。作業を待つ間、ヨッパライ某は夕食の買い物、ぼくはとなりのバスターミナルに行って機関車の写真を撮った

あの時、同じ花を見て

だれかと思い出を共有したい。刹那的な記憶の断片を。同じ花を見て、きれいだね、と、うなずき合った、そんな一瞬の記憶。そうだ、こんな歌があった。

あの時 同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度

同じ花を見て、同じ海を見て、同じ夕陽を見た

怪獣が棲むという、あの火山湖に寄ってみた

湖畔をうろついていると、どこか遠い世界から聞こえてくるような不思議なメロディが聞こえてきた。

桜の無垢板に細い金属の弦を張っただけのシンプルな楽器なのですが、見た目からは想像できない、心に深く響く音がします。ヒーリングライアーというドイツの楽器だそうです。

昼食は、なんとか牧場で

哲学的な歌を聞きながらドライブ

入院中の父を連れだしてドライブに出かけた。どこでもよかったのだが、そうめん流しにでも行こうか、というと、おう、それでいい、というので、車は南に向かって走り出した。

カーステレオのスイッチを入れ、昨夜、父のためにiTunes Storeからダウンロードした植木等のアルバムをかけたところ、これが予想以上にツボだったらしく、歌を聞きながらずっと笑っていた。そして、久しぶりに笑った気がする、と言った。知らない曲ばかりだったが、どの曲もバカらしいようでなかなか深く、哲学的だった。

そうめん流し入り口のエレベーターの横に車いすが備えてあったので、乗ってみる?と聞くと、乗る、というので、父をのせて車いすを押すことになった。まさかオヤジの車いすを押すことになろうとは夢にも思わなかったよ、と言うと、オレもまさかお前に車いすを押してもらうとは思わなかった、と言い、そのうちお前も乗ることになるさ、ヒヒヒ、と笑った。フッ、まさか。

植木等のアルバムは32曲入りだったが、それが終わると、石原裕次郎のベストアルバムに切り替わった。夜霧よ今夜もありがとう、とかいう曲で始まったが、これがエコーたっぷりで、こんな曲を真昼間に車で聞くとは思わなかった。一方、父は、裕次郎は本当にいいな、と、ぶつぶつつぶやいていた。

機嫌のいい父を病院に送り届け、時計を見ると4時前だった。どこか海に行ってアイスクリームでも食べよう、ということで、いつもの海に向かった。

一人で砂浜を歩いていると、だんだんいつもの自分に戻っていく感じがした

山の上の美術館

天気が良かったので山の上の美術館に行ってみた

館内では『写真家 下薗詠子「脳内カオス」展』というのをやっていた。これがとてもよかった。どの写真も良かった。わけのわからない何かがビンビン伝わってきた

変な犬

いつの間にかヨッパライ某は中にいた

人食い花が後ろから襲ってくるところ。ドドドド

山を下り、東洋のナイアガラの近くで昼食。ほんとはウナギ定食にしたかったのだけど、高かった

空はまだ夏っぽい

ドビュッシーの曲に沈める寺というのがあるが、これは沈みゆく発電所