ワクワクさせてよ

「遊びで写真を撮ることがなくなったなぁ」と、R氏は言った。あのころは素敵な写真を毎日のようにネットで公開していたのに。
遊びを仕事にしてしまったから??

気の向くままに花や風景をカメラに収めていた、あのころのR氏

木曜日の午後

雨の天文館からやってきた墓場の鬼太郎少年。近頃カメラボディを買い替えたそうです。このサイズで4000万画素、手ブレ補正7段。でもデザインが気に入らないとのこと。ライカのようなレンジファインダー風のデザインだったら…

これはぼくが初めて買った100万画素のデジカメに付いてたメモリーカード。4MB。

雨の梅園

あそこのウメがそろそろ見ごろだというので、雨の中、北に向かって車を走らせた

駐車場に車をとめ、ドアを開けると梅の花の甘い匂いが

ここの梅はなぜか枝がひん曲がっている

雨のせいで人もまばら

昼食は郊外にある小さなフランス料理店で。窓の外は大粒の雨

いつもは梅ヶ枝餅を買って帰るのだけど、今回は新発売の臥龍梅餅、というのにした。ニッキの風味があって、懐かしい味

たそがれのCAR BOY

西日が射す店に入ってきたバイク少年は、カウンター奥の席に直行し、柱にもたれて、しばらく目を閉じていた。妙な既視感があった。それはむかし見た映画、真夜中のカーボーイのラストシーン。フロリダ行きのバスの後部座席で窓に顔を寄せたまま息絶えるダスティンホフマン。バイク少年は愛車アルファ・ロメオで湾岸をドライブし、帰りに寄ったのだが、逃げ道のない道路で渋滞に巻き込まれ、死ぬほど疲れたのだった。コーヒーを飲んで息を吹き返したバイク少年と、いつものように車の話を始めたが、ふと少し前に読んだネットの記事を思い出し、その話をした。それはビル・ゲイツが人生後半で悟った、人生で2番目に大切な意外なこと、で、それは「遊び心を持つこと」なのだという

チューリップ

今日は月曜日で定休日。何の日か知らないけど祝日。定休日に祝日が重なると人出を嫌ってあまり出かけない。でも天気が良すぎるので出かけることにした

南の植物園。やはり人が多い。いつもの10倍くらいいる

イズノオドリコという名前の桜

チューリップ展をやっていた

チューリップだらけ

春ですね

ウメは散っていた

今日は第一火曜日で定休日。昨日病院に行ったヨッパライ某が、「もっと歩きなさい」と主治医に言われたというので、今日は山の上の火山湖を歩いて一周しよう、ということになった

火山湖の先に、立派なウメが咲いているところがあるので行ってみたけど、残念ながら、すでに散っていた。上の写真は2015年に撮ったもの。木製の小さな橋が架かっているのだけど、朽ちてぼろぼろになっていた

遊歩道近くの小さな梅園

ラクウショウ

ラクウショウの気根

道の駅で菜の花を買ってきました

夕食は菜の花のパスタ。ほろ苦い春の味

雨の公園

予報では終日くもり、とのことだったが、ずっと雨が降っていた

雨の中を傘をさして歩く。書棚にある松下幸之助語録に「雨が降れば傘をさす」という言葉があって、これはぼくの座右の銘の一つ。なお、今でもよく聞く井上陽水の曲は「傘がない」

昼食は久しぶりにマグロラーメン

帰りに家の近くの公園に寄った。河津桜が満開

夕食の風景

夕食のおかずの一つがヨッパライ某の発案による、一見、揚げ出し豆腐風、ミゾレあんかけキンツバ豆腐(←ぼくが命名)であったが、どうやら思った通りにできなかったらしく、ほんとはこういう風になるはずだったのに、という長い説明を聞かされつつ食べたが、ぼく的にはこれはこれで完成度は高いと思ったのでそう伝えたけれど納得できない様子であった。説明が一段落ついたところで、今日は常連のお客さんとこんな話をしたよ、とぼくは切り出した。そのお客さんの趣味が音楽鑑賞と写真なので、話題がその辺に集中することは多いのだけど、今日は朝からバッハのマタイ受難曲を聞いていたせいもあって、いつの間にかその受難曲の話になった。お客さんは主に小編成の室内楽を真空管アンプ(300Bの)とタンノイのフロアスピーカーで聞いていらっしゃる。以前、ご自宅に招かれた時、リュートによる優雅な室内楽でぼくを迎えてくださったのは忘れられない思い出となった。器楽曲が好みと聞いていたので、マタイ受難曲を鑑賞することはあまりないだろうと思っていたのだけど、レコードは持っておられるとのこと。でも、奥様が重苦しい音楽が好きでないそうで、このレコードをかけることはほとんどないとのことだった。ちなみにこの曲の出だしは正に重苦しい。なぜなら十字架を背負ったイエスを先頭にしての刑場ゴルゴタへの行進の情景から始まるのだから。

礒山雅(著)「マタイ受難曲」によれば


深沈とした、管弦楽の前奏。17小節目から満を持したように湧き上がる、悲痛な合唱。《マタイ受難曲》といえば誰でも、このすばらしい開曲のことを想起せずにはいられないだろう。この冒頭がわれわれの《マタイ》に対するイメージを規定しているのも、理由のないことではない。なぜなら、《マタイ受難曲》の開曲は、それまでの受難曲にほとんど前例のないほど、大胆なものだからである。


という話をヨッパライ某に話したところ、意外にも興味をそそられたらしく、「それ、私も聞いたことがあるかな?」と言い出した。「たぶん、ないと思う」というと、スマホを取り出し、検索して聞こうとしたので、テレビのスイッチを入れ、Youtubeでカールリヒター指揮のマタイ受難曲を呼び出した。彼女は真剣に聞いていたが、冒頭の合唱が終わると、「もういいかな」と言ったので、ぼくはテレビを消した