風呂から上がって屋上に出ると、南の空に赤い星が不気味に光っている。薄雲が広がっているらしく、見えるのはその右にある土星、そして、かなり西に傾いてしまった木星。頭の上ではアルタイル、ベガ、デネブが鈍く光っている。15年くらい前の夏、この赤い星は、今と同じくらい輝いていた。なのに不思議なくらい、記憶にない。記憶が風景とともに残るようになったのは、ブログを書き始めてからのように思う。上の写真、スマホで撮ったんだけど、ひどいピンボケ。ピントが合ってる写真もあったんだけど、なんだかこの写真が一番気に入ってしまった
open
太平洋は意外と遠いのです
朝、目覚ましは鳴らなかった。理由は簡単だ。昨夜、寝る前に目覚ましのスイッチを切ったのだ。というわけで、目覚めたとき時計は9時9分を指していた
カーテンを恐る恐る引くと、空は青かった。つまり晴れていた。梅雨は開けたのかもしれない。そういうわけで急に義務感が生じてきた。車の窓を全開にしてチューブとかビーチボーイズをフルボリュームでかけながら海に行かねばならない、という低レベルの義務感
ポットにコーヒーを詰めてエンジンをかけ、急いで高速に乗った。寝坊しなければタダの道を走ったのだが、ちょっと急がないと太平洋を眺めながらランチ、というわけにいかない。こんな場合、時間は金で買う
帰宅後、梅雨明けを祝い、屋上でビールで乾杯。もしかするとまだ梅雨は開けていないのかもしれないが
夕日に向かって叫べ
朝、ヨッパライ某が言った。
夜中に叫んでたよ、いたい、いたい、って。
いや、ぼくは一度しか叫ばなかった。
夜中に寝返りを打った時、肋骨のヒビのせいで胸に激痛が走ったのだ。
思わず、いたい、と叫んで目が覚めた。
男はめったに叫ばない。まして二度叫ぶのはカッコ悪い
Yes-No
他人とは浅い付き合いだから、相手を肯定できるんです。
って、谷川俊太郎さんは言ったんだそうです。
わかる気はするんだけど。
寝る前などに、よく思う。ぼくは相手を肯定することはもちろん、本気で否定することもできない。ほんとの話です。
なぜなら、ぼくは自分を肯定することも否定することもできないでいるから。
一緒にアイスクリームを食べたり、渚を走ったり
だって、日記なんだもの
昨日、脇の下を開けた車のドアにぶつけてしまった。打ち所が悪かったらしく、肋骨にひびが入ったようだ。昨夜は寝返りが打てず、何度も目が覚めた。これで二度目。前回がいつだったか調べてみると、2013年の12月13日。5年近く前だ。今度のブログの検索機能は実に使い勝手がいい。けっこう遊べる。思いつくまま、例えば、「ケーキ」で検索すると、約50件の記事がたちどころにピックアップされる。そういうわけなので、昨日、肋骨にヒビを入れた、という事件もこうして書いておかねばならない。いつかまた同じことが起きたら、「肋骨」で検索をかける。するとこの記事も浮かび上がってくる。記憶は時とともに浮力を失い、沈んでいく。思えばもったいない話だ。そこで時々、底に沈んだ澱をゆすってみる。いい趣味とは言えないかもしれないが
海は静かだった
南から台風が近づいているというので、北に向かうことにした。目的地をナビに打ち込み、何も考えずに走った。ところが目的地付近を通り過ぎても、ナビは黙りこくったままで、数キロ先でUターンする羽目になった。道路の位置が変わっていたのかもしれない
昼食は海の見える食堂で、いつものように日替わりランチを頼んだ。海は台風で荒れているはずだったが、とても静かな様子だった
駐車場に変な顔の犬がいたので、やさしく声をかけてみたが、ひどく迷惑そうな顔でにらまれた、
いつもの灯台に行ってみた。台風が近づいているというのに、釣り人がたくさん来ていた
帰りにボンタンソフトクリームを食べた。ちょっと苦みがあって、とてもおいしい
心理学の知識に基づいてうまく設計されている?
あるネットの記事を読んでたら、こんなことが書いてあった。もしそうなら、SNSってアリジゴク?
多くの人が発信者の側に回れるようになったのは、ソーシャルネットワーク(SNS)のおかげですけれど、これは心理学の知識に基づいてうまく設計されていると思います。他者からの承認欲求や、他者と競い合いたい欲求、自己実現欲、自己愛といった人間の心理をうまく利用して、人々をSNSから抜けられなくさせるようにできています。
ホンマかいな~! なんだか怖い
















