昨年、息子は二十歳になった。明日は成人式。たぶん、当人には分からないだろう、成人式とはなんなのか。ぼくはその父親だったわけだが(今もそうだけど)、父親らしいことは、なんにもしなかった。運動会にも一度だって行かなかったし。たぶん、ただ同じ屋根の下に住んでいただけ。今になって、もっとオヤジらしいことをすればよかったなぁ、と思うが、いやいや、これでよかったのかも、とも思う。数年前から、息子は好んで村上春樹の小説を読んでいる。ぼくはうれしかった。村上春樹の小説が、ぼくが父親として教えたかったことを授けてくれるだろう、と思ったからだ。男は帆を上げ、風を受けとめる技術を身につけないといけない。父親は、息子に風を感じるアンテナとその使い方を教えなくてはならないけど、これが、言うはやさしいが、けっこうめんどくさい。願わくば、村上春樹の小説にそれを担って欲しいと思う。彼の小説には、そういう奇妙な力がある。ぼくは楽をしたい。ぼくは木で作られた鶏のフリをしようとするハリボテオヤジだから。