ぼくが北極に行く理由

081218_01
カサブランカ、きれいだね。
ぼくはワイングラスを置いた。
そうかしら。
彼女は言った。
わたしはあなたが好きな花を知ってるわ。
流れていた音楽が唐突に終わり、テーブルは静寂に包まれた。
ぼくは彼女の目を見つめたまま、閉じた唇がふたたび開くのを待った。
 ぼくの 好きな 花
その言葉をぼくは子どもの頃からずっと待っていたような気がする。まるでそれが魔法を解く呪文であるかのように。なぜなら、ぼくには好きな花がない。
音楽が流れだした。ずいぶん古い曲だ。キャメルのブレスレス。
でもね、その花は簡単には見つからないの。
彼女は少し悲しそうに言った。
だって北極の氷の上に咲いているんだもの。
信じる?
もちろん。
残ったワインを飲み干してぼくは席を立ち、彼女も席を立った。

“ぼくが北極に行く理由” への1件の返信

  1. 彼女が運転し、ぼくは隣でビールを飲んだ。車は右折と左折を二回繰り返し、ゆるい坂をスピードを上げながら上っていった。
    10分も走らないうちに街灯の間隔が長くなり、高いビルもほとんど見えなくなった。
    冷たい風で目が覚めた。海の匂いがする。彼女が窓を開けたからだった。車は海に面したカーブを下りはじめていた。そのホテルの部屋から見える海は、ぼくの夢に現われる海そっくりで、堤防の先端にある白い灯台も瓜二つだった。

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