父親としての自覚に欠けている、と自覚するぼくでも、たまには息子にこんなことを言う。
「早く起きて計画的に日々を過ごしなさい。それが自由への第一歩である」
息子は自称「自由を愛する男」らしいのだ。そこでぼくはこう言ったわけである。しかし、予想通り彼の生活態度に変化は見られない。時間が許す限り、いつまでも寝ている。彼の愛する自由とは、そういう野放しの自由をいうらしい。ちなみに息子は大学生だ。ところがつい最近、その息子が早起きをするようになった。ぼくが目を覚ます前から、洗面所や廊下でガタゴトやっている。実にうるさい。しかしぼくは内心うれしかった。おそらく彼はぼくの言わんとする意味を何かのきっかけで突然理解したに違いない。そう、自由とは自分を律することに他ならない。さっそくぼくはその喜びを妻に伝えてみた。すると妻は言った。
「時差ボケで朝早く目が覚めるらしいよ」
うっ。ぼくは絶句した。そういえば息子は数日前にホームステイから帰ってきたのだ。
夕食後、妻とどうでもいいような話をしていると、妻が「あ、あなたにお土産があった」と言って、息子から預かったという小さなチョコレートのようなものを差し出した。それは冷蔵庫などにメモを貼り付けるマグネットだった。表に電車と橋がデザインされており、中央に英語でSan Franciscoと書かれている。ぼくはそれを手にとって言った。
「あれ?メイドイン、チャイナって書いてあるぜ」
もちろん冗談である。先日、知人から頂いたカリブ海の土産がメイドイン、チャイナだったのを思い出し、とっさに思いついたのだ。この冗談は息子が目の前にいるときに言いたかったのだが、残念ながら息子は、食事を済ますとさっさと自分の部屋に戻って寝てしまった。そう、時差ボケとやらで。息子の驚く顔が見たかったな、と、ニヤニヤしながらマグネットを裏返すと、隅のシールに小さな文字で何か書いてある。
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