失われた時を求めて

ぼくは疲れきっていた。遅い夕食を終え、テーブルを立とうとしたとき、ふと傍らに小さなお菓子の箱があるのに気付いた。ふたを開けると柏餅と桜餅が入っていた。ふだんはこういうものには手を出さないのだが、酔っていたせいか桜餅に手が伸びた。口に放り込むと懐かしい香りが広がった。と、突然部屋が天然色に色彩を帯びて明るく広がったように感じられ、思わずあたりを見回してしまった。そういえば、ある本に同じようなことが書いてあった。ただしそれは桜餅ではなくマドレーヌだったが。


しかし、お菓子のかけらのまじった一口の紅茶が、口蓋にふれた瞬間に、私は身ぶるいした、私のなかに起こっている異常なことに気がついて。すばらしい快感が私を襲ったのであった、孤立した、原因のわからない快感である。その快感は、たちまち私に人生の転変を無縁のものにし、人生の災厄を無害だと思わせ、人生の短さを錯覚だと感じさせたのであった、あたかも恋のはたらきとおなじように、そして何か貴重な本質で私を満たしながら、というよりも、その本質は私のなかにあるのではなくて、私そのものであった。私は自分をつまらないもの、偶発的なもの、死すべきものと感じることをすでにやめていた。

マルセル・プルースト 失われた時を求めて


なお、翌日ぼくは柏餅でも試してみたが、何も起こらなかった

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