ラジオからクラシック音楽が流れ始める。朝だ。ぼくはベッドから起き上がり、ふらふら階段をのぼって屋上に出る。ぼくはフェンスにもたれ、遠くの海を眺めながら、夜の間どこかに行ってしまった自分が戻ってくるのを待っている。するとぼくの顔をかすめて何か飛んでいった。トンボ。また来た。ぼくの頭をするりとよけて、うしろに飛んでいった。彼らにとってぼくは枯れ木と同じなんだろう。トンボは次々にぼくめがけて飛んできては、ぼくの目の前で右に左に向きを変え、また元の進路に戻って飛んでいく。ぼくは彼らの道をふさいでいるらしい。ぼくにその道は見えない。実際のところ、世界のほとんどは見ることができない