プロトコルエラー

ぼくはテレビをまったく見ないし、新聞もほとんど読まない。それで問題が起きないから、このままでかまわないと思っていた。しかし最近、少し不安になってきた。というのも、家族や友人たちとのありきたりな会話の最中、突然あたかも言葉が通じなくなったかのような、きわめて高いレベルの孤立に直面し、呆然としてしまうことがしばしばだからだ。そのたびぼくは浮力を失った船よろしくその場から沈没してしまう。そのむかし、だれかが、テレビはもう一つの窓である、なんて言っていた。その例えでいえば、窓を持たないぼくは、みんなが知っている窓の向こうの世界を知らないことになる。そう、この世には二種類の人間がいる。電気窓を持っている人と、そうでない人だ。そして電気窓を持っている人たちは、その窓を通して宗教にも似た強い連帯感で結ばれている。なんていうと、ばかばかしい、テレビの見すぎよ、と笑われるに違いない。しかし最近、その窓がやたら高性能、巨大化し、見ている人になにやら呪文をかけているように見えてしょうがない。被害妄想とはこういうのを言うのだろう。ああまたくだらないことを書いてしまった。この窓もさっさと閉じなくては。

“プロトコルエラー” への4件の返信

  1. >この窓もさっさと閉じなくては。
    その窓が好きで覗見しながら愉しんでいる者がいますよ↑(^^_)ルン♪[E:note]お忘れなく(笑)[E:wink]

  2. 開けたり閉じたりの頃もありましたが、今じゃずっと開けっ放し。
    ほとんどヤケクソ状態?(笑)

  3. テレビなんか見ないほうが、もっと大事なことに時間が使えるんでしょうけれど、近くにあるとついついスイッチを入れてしまうんですよね。大半が見る価値のないものだと分かってはいても、極めて稀に見てよかったなと思うことがあるから困りもんです。
    だから、見たい番組だけ見れるレコーダーはちょっとほしいかもしれません(アナログテレビのままでもいいから・・・)

  4. 東京のアパートで暮らしていたころ、ぼくはテレビを買うお金がなくてテレビなしの生活を送ってました。そしたらそのほうが毎日が充実してきて、結局テレビとは縁が切れてしまいました。たぶん、もう元に戻ることはないと思います。テレビとは、性格の不一致的な問題で遠ざかっているような気がします。

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