ぼくは海に向かっていた。峠を超え、道が下りになったあたりから青空が見えてきた。港のそばの魚料理店で昼食をとったあと、海に面した某美術館に向かった。美術館の屋上で塀にもたれ、なにも考えず、ぼーっと海を眺めながらコーヒーを飲んでいた。すると、美術館の中庭で、なにやら大声がする。屋上から、中庭の人に「なにかあったんですか?」とたずねると、受け付けのご婦人と、棒を持ったオジサンがぼくを見上げ「ヘビが出たんですよ」と言った。おもしろそうなので行ってみると、パティオ横の厨房に据えてある冷蔵庫の後ろにヘビが逃げ込んだとのこと。冷蔵庫の隙間から奥を覗き込んだが、何も見えない。
「冷蔵庫を引っぱり出しますから、よく見ててください」
ぼくは棒のオジサンにそう言うと、満身の力を振り絞って冷蔵庫を引きずり出した。
「いた!」オジサンは叫んだ。見ると、1メートルくらいのアオダイショウが壁際で体をクネらしている。ぼくはオジサンの棒を借りてヘビを引っ掛け、中庭に放り出し、靴で頭を押さえつけてビニール袋に入れた。「これ、どうします?」というと、オジサンは「こちらで処分します」と言って、ヘビ袋を受け取った。やさしそうなオジサンだったので、山に帰してあげたかもしれない。ぼくは再び屋上に上がり、コーヒーを飲みながらぼんやり海を眺め、体にエネルギーが戻ってくるのを待った。風邪は治ったものの、体調がなかなか戻らない。ぼくのカラータイマーはまだ点滅し続けている。今日は定休日を利用し、体調を戻す目的でドライブしているのだった。美術館の帰り、吹上浜にも寄ってみた。砂丘にはハマゴウやノブドウが広がっており、ノブドウは満開だった。そのみすぼらしい花にジャコウアゲハがたむろしている。花のそばでじっとしていると、彼女らは恐れずに寄ってくる。ぼくのシャツの柄が花に見えたのかもしれない。しばらくすると、ぼくは彼女らと同じ絵の中にいるような、幻想的な気分になった。それはエミール・ガレのガラス器「日本の夜」に描かれている不思議な蛾の群れの中のよう。