あの鐘を鳴らすのは

ぼくは信号待ちをしていた。ふとルームミラーに目をやると、後続の車の若い姉ちゃんが、首をふりふり、口をパクパクさせている。なにか歌っている様子だ。実にアホっぽい。だが気持ちはわかる。というのも、ぼくもつい、好きな歌がかかると、歌いはしないがボリュームをグッと上げてしまうからだ。先日も某国営ラジオで和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」がかかったとき、車は信号待ちで止まっているにもかかわらず、窓を開けたまま大音量で鳴らしてしまった。この時のぼくの心理は、つまりこうである。
「ホレみんな聞け、いい歌がかかったぞ、いっしょに感動しようではないか」
言うまでもなく余計なお世話である。だれも朝から和田アキ子の太い声など聞きたいとは思っていないのだ。この心理は「走る魚屋さん」も同じようである。その移動販売車は当店の前に毎朝10時半にやってくる。そして聞きたくもないねっとりした演歌を大音量で鳴らす。夜はまあいい。でも朝鳴らすのはやめて欲しい。