A LONG VACATION 2日目

昨日はヤブと化した庭を元の状態に戻す作業に没頭し、へとへとになってベッドに倒れ込んだ。元に戻す、と言ったが、言うまでもなく本来の状態に戻そうとしているのは「ぼく」ではなく「自然」の方だ。福岡ハカセはある著書で「生命とは動的平衡にある流れである」と言った。平衡が崩れると生命(自然)はその事態に対してリアクションを起こす

そして自然という屈強な生命体に戦いを挑んで疲れ切ったぼくも自ずとリアクションを起こす。つまり、苦いコーヒーと好きな音楽を求め、近くのジャズ喫茶に車を走らせる。自分を元に戻すために

A LONG VACATION 1日目

5月の連休は家のメンテナンスに充てることが多い。家というものは何もせず放っておくと廃墟化する。廃墟の雰囲気は嫌いではない。タルコフスキーの作品に出てくる雨漏りだらけの家とか不思議な魅力がある。でも、自分が住むとなると考えてしまう

家の庭を久しぶりに歩いてみて愕然とした。玄関から見まわせる範囲はそれほど問題はないのだけど、見えないところに行ったらひどいことになっていた。奥に植わっているクロガネモチに野鳥が集まってくる。それは構わない。でもその実を食べたお礼に、いろんな木の実の種を落としていく。グミ、ビワ、ヤツデ、アケビ、その他不明な雑木。おかげでふつうの庭にはあまり植えることのない変な木が所狭しと生えている。グミは100本近く生えていた。これは庭ではなくヤブだ。鳥のやつ、まったく余計なことをしやがって

シャベルを使って根回しをし、一本ずつ丁寧に抜き取っていく。大変な作業だ。時給1,500円でもやりたくない。藪の中には既に怪しい住民が潜んでいた

まるでガイコツ。なんて気色わるいカミキリだ。写真をヨッパライ某に見せたところ、わーカワイイ!だって。やはりぼくとはずいぶん感性が違う

ヨッパライ某が手水鉢で飼っているメダカが産んだ子メダカ

アークが出てました

スカイ・レストラン

午後、店のBGMをクラシックから日本の曲に切り替えた。そこに同年代の常連のお客さんがやってきて、カウンター席に座られた。井上陽水でもかけましょうか、というと、うーん、ちょっと暗いかな、と言いつつ、「それよりワイファイセットのあの声がとてもいいと思いませんか」とのことであった。

The Door into Summer

「チーズはどこへ消えた?」って本、持ってない? と、息子に尋ねられた。むかし読んだ気がするから、どこかにあるかも。探しておくよ、と返事した。薄っぺらい本だったし、確かに読んだはずなんだけど、どんな内容だったかまるで思い出せない。本棚の奥にあったので取り出し、パラパラめくる。いわゆる自己啓発本。これを読んで、ぼくは少しくらい変化したのだろうか。ちょっとわからない。本を読んで人生が大きく変わることはある。ぼくの場合、それはハインラインの「夏への扉」。この本と出合わなかったら、ぼくはまだ冬の中にいただろう。

青紫の花

海からの帰り、車を走らせているとヨッパライ某が叫んだ。見て見て、あれなに? 大きな木に青紫の花がいっぱい咲いている。車を停めてみると、どうやら桐の花のようだ。「その昔、女の子が生まれると桐の木を植えたものだ」という話を聞いたことがある。桐は早く育つので、成長した桐でタンスを作り、嫁入り道具として持たせたのだという。

もしかしてこの桐、女の子が生まれたときに植えたのかな

Purple Rain 6

朝、空港に人を送った後、藤で有名なあの公園に寄ってみた

花房がまだ伸びてなかった。今週末くらいが見頃かも

降りしきる紫の雨

2019藤まつり – Spherical Image – RICOH THETA

建物の壁に描かれた異様な迫力の巨大生物

どこで昼食にするか迷い、結局、いつものように海の近くの食堂で魚フライにすることにしたのだが、車を走らせてるうちに気が変わり、海鮮丼にしよう、ということになった

海辺の監視カメラに写った不審な男

そうめん流しはカンフーだった

南の植物園から郵便物が届いた。黄色い花が咲いているという

海沿いの道を南に下り、潮が引くと歩いて渡ることのできる、あの島に寄ってみた。今日は360度カメラで撮ってみた。真ん中にいるのはぼく。自撮り棒の先にカメラを付けてシャッターを切っているところ

青空に映える黄色い花

唐辛子の花も咲いている

ジェット機の写真をたくさん撮った

周囲から聞こえてくる会話は日本語ではなかった。カンフー映画の世界に紛れ込んだような不思議な気分になった