一年

お菓子係のN君がポスターとケーキを持ってやってきた。
このポスターを見るたび、思わずつぶやいてしまう。

もう一年経ったのか

nazo

そんなわけでリルケにハマってしまった。彼の説く「世界内部空間」がタルコフスキーや量子力学のファインマンや横尾忠則やゴッホらを引き寄せ、その非日常的な世界観がぼくなりの理解によって展開するに至り、久々のパラダイムシフト気分を味わうことになった(なんのこっちゃ)。今日、amazonからドゥイノの悲歌 (岩波文庫)が届いた。さっそく読み始めたものの、数ページめくったところで眠くなった。

内面世界

ぼくは見ることを学んでいる。どういうわけか、見るものすべてがぼくの内面へと一層深くはいり込んできて、いつもならこれで終わりというところでも、いっかな止まろうとはしないのだ。ぼくの内面には、自分でもわかりかねるが深淵が潜んでいるらしく、あらゆるものがそこへとなだれ落ちる。そこで何が起こっているのか、我ながらわからないのだ。

マルテの手記 リルケ

くもり空

ヨッパライ某を病院に送り届け、近くの山に上った。霞んで遠くが見えない

波打際を歩く。風が冷たかったせいか、なにも頭に浮かばない

ひとりで食べる魚フライ。ご飯をお代わりした

 

小さな川を渡り、山道を歩く

ロウバイを見に行った。甘い匂い

ネバーエンディングストーリー

先日、いつものハーブ園のレストランに行ったらメニューからカボチャプリンが無くなっていた。
やれやれ、ぼくの好きなものがまた一つ消えてしまった。
ファンタージエンは正体不明の「虚無」の拡大によって崩壊の危機に晒されているのである。by エンデ

(上の写真は2008年に撮ったもの)

きのう、お客さんから手作りのカボチャプリンをいただいた。直径20cmくらい。こうしてぼくのファンタージエンは復活の兆しを見せ始めたのだった。

つづく

二人の間にはIがある

料理が好きなこともあって、家を建てる際、キッチンは対面式I型キッチンを選んだ。これなら調理中も家族との会話が楽しめる。
子供たちも大きくなり、今では妻と二人きりで食事をすることが多くなった。今日も6人掛けのテーブルに2人向かい合って夕食。彼女の体調が芳しくないので、食後の片づけはぼくがすることにした。エプロンをして茶碗を洗うのはけっこう楽しい。キッチンの向こうで彼女は本を読み始めた。「三匹のおっさん ふたたび」という本。彼女に頼まれてamazonに注文した中古品が今日届いたのだ。それ、1円だったよ。送料が250円。というと、へー、どう見ても新品だよ、コレ。とびっくりしていた。ちなみに新品は781円。茶碗を洗いながら見る風景… ぼくには新鮮だ。毎日する気はないけど

20年前

サラリーマンをやめたのが20年前の今ごろ。家族みんなでこの堤防に座り、だまって海を見つめていた

だれもが途方に暮れて海を見つめていたのだろう、とぼくは思っていた。でも今日、そのことをヨッパライ某に話したら、途方に暮れていたわけじゃない。とのことだった

某植物園のミモザを見に行った

甘酸っぱい香りがあたりに漂っていた。春の予感

咲きはじめたロウバイ

いつものハーブ園で昼食。カボチャプリンは無くなっていた

ハイビスカスのシャーベット。ヨッパライ某は山の上のケーキ屋で食べるから、と、レモングラスのハーブティーを注文

山の上のケーキ屋は休みだった