昼過ぎ、突如yokohama美少女が現れた。今回の土産は変なボトルに入った、ただの水であった。ラベルは読まなかったが、おそらく隅田川の水であろう。いつかこれでコーヒーを淹れてみようと思う。それと、なぜか東京芋かりかり。ちなみに原料はサツマイモ
土産とは別に、某MOKUのチーズケーキも持ってきていたので、お客さんがいない間に食べることにした。twitterにupするために写真を撮っているyokohama美少女
撮った写真はコレ。変な色
本当はこんな色
これはナニ?
カラータイマーの点滅
なにかが足りない。
なにか、大事なことを忘れている。
そうだ、焚き火をしてない。
急いで焚き火をしなくちゃ
流星その2
未来から届くメッセージ
20歳の自分に受けさせたい文章講義、という本を読んでいる。妙なタイトルだ。社会に出る前の若者が果たして文章読本の類に興味を覚えるだろうか。社会に出たのち、社会一般に通用する文章を書く必要を痛感して初めて手を伸ばす類ではないのか。余計なお世話だが損なタイトルだ。ぼくは訝った。が、半分ほど読み進んで合点がいった。勘違いしていたのだ。いわく、文章を書くときは、不特定多数の読者に対してでなく、1人の読者を想定して書くのがよい、そしてその読者とは何を隠そう、10年前の自分、というのだ。なるほど、そういう意味か。自分にとってもっとも切実な相手、それは自分である。10年前の(10年にこだわらなくてもいいが)自分を読者に見立てて文章を書く。文に心がこもって当然だ。と、そこでぼくはふいに回想に耽りはじめた。もし青春時代を過ごしている自分に宛ててメッセージを送ることができるなら。こんなところに書くのは気が引けるが、ひどい青春時代だった。あの日には二度と戻りたくない。思い出したくもない。何も知らないくせに知ったフリをして大恥をかいて、裏切り、裏切られ、悔しくて眠れない夜を何度も過ごし、酔って吐いて、泥まみれ。今日も明日も空回り。空しい日々が続く。目的のない未来の見えない救いのない毎日。とほほ。もし、あの頃の自分にメッセージを送ることができるなら。そうすれば彼も、少しはマシな青春時代を過ごせただろうに、と。しかし、人生に対して高をくくり、派手に勘違いしている視野の狭い自分に、どのような文章を書けば、彼はそれを手に取り、心を開いて読んでくれるだろう。ああ、文章は難しい。
流星
夜空を眺めていたら、流星がオリオンとおうし座の間を流れていった。ふたご座流星群は明日からだったよね。さっきのはリハーサルだったのかな