失われた時を求めて

ぼくは疲れきっていた。遅い夕食を終え、テーブルを立とうとしたとき、ふと傍らに小さなお菓子の箱があるのに気付いた。ふたを開けると柏餅と桜餅が入っていた。ふだんはこういうものには手を出さないのだが、酔っていたせいか桜餅に手が伸びた。口に放り込むと懐かしい香りが広がった。と、突然部屋が天然色に色彩を帯びて明るく広がったように感じられ、思わずあたりを見回してしまった。そういえば、ある本に同じようなことが書いてあった。ただしそれは桜餅ではなくマドレーヌだったが。


しかし、お菓子のかけらのまじった一口の紅茶が、口蓋にふれた瞬間に、私は身ぶるいした、私のなかに起こっている異常なことに気がついて。すばらしい快感が私を襲ったのであった、孤立した、原因のわからない快感である。その快感は、たちまち私に人生の転変を無縁のものにし、人生の災厄を無害だと思わせ、人生の短さを錯覚だと感じさせたのであった、あたかも恋のはたらきとおなじように、そして何か貴重な本質で私を満たしながら、というよりも、その本質は私のなかにあるのではなくて、私そのものであった。私は自分をつまらないもの、偶発的なもの、死すべきものと感じることをすでにやめていた。

マルセル・プルースト 失われた時を求めて


なお、翌日ぼくは柏餅でも試してみたが、何も起こらなかった

花びらのじゅうたん

病院近くの城跡。朝早いせいか、だれもいない

歩道は昨夜の雨で散った花びらのじゅうたん。踏まないように歩きたいけど

昼から晴れるとのことで、南に向かった。怪獣池横のパン屋でランチ

コーヒーを飲んでいるうちに青空が広がってきた

潮が引くと歩いて渡れる島。よく見ると渡っている人がいる。残念ながら桜はほとんど散っていた

左に見えるのは灰を降らせる火山

金曜日の午後

某コーヒー店の隣であたりに甘い香りを漂わせているモッコウバラ。空は薄雲が広がり始め、太陽には暈がかかっている。天気は下り坂

雨の公園

月曜日の朝はここにいる。ことが多い

時折日が差していたが、次第に曇ってきて小雨が降りだした。予報通り

ボケ防止にカレーを食べようってヨッパライ某がいうので、100円道路をくねくね走って山の上のカレー屋さんに向かう

山の上の公園。桜が咲いていた。7~8分咲きといったところ

渓流沿いの小道を傘をさして歩く。傘をたたく雨の音。カジカの鳴く声

何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった

ある晴れた日に

ここは病院近くの城跡。今は公園になっている。月曜日の朝はここにいる。こともある。この奥に「井戸跡」と書かれた案内札が立っていて、こう書かれている


井戸跡

何時の時代のことかわかりませんが、この井戸跡にニワトリを投げ入れたら、はるか下の神の川に出たという伝説が残されています。


ヨッパライ某が寿司を食べたいというので一週間分の買い物を済ませた後、山を越えて漁港近くのすし屋に向かった

いつもの安い方のスシ定食。ぼくも今日はそれにした。スシ屋のおねーさんが、久しぶりだね、と言った。そうかもしれない、と思った

公園を縦断して海に出る。何かから逃げるように

ここまで来て急に足がつった。たいして歩いてもいないのに

帰りに肉の直販所に寄って肉を買い、今夜は焼き肉をすることになった。久しぶりのオリオン。冬が終わって、リブート

お薬手帳をもらった

病院の帰り、某河口にある漁協直営の食堂で昼食。ヨッパライ某は海鮮丼

ぼくはいつも通り、刺身定食。ここの刺身はとてもウマい

帰りにコンビニに寄ってコーヒーを買い、国道を南下していると「海に行ってコーヒーを飲もう」とヨッパライ某が言うので、車をUターンさせ、海に向かった。何か心にひっかかるものがあるのかもしれない

波打ち際に小さな貝がたくさんいた

病院嫌いのぼくもついに病院デビュー。お薬手帳、というのをもらった。

低空飛行中

月曜日の朝。水路横の病院の駐車場に車を止め、古い本を読んでいたら眠くなって寝てしまった。一昨日から奥歯の歯茎が腫れて調子が出ない。でも天気がいいのでドライブに出かけた。

歯茎が痛いので、あまり強く嚙まなくていいのを、と考え、昼食はうどんにした。店の前の刈入れの終わった田んぼで雲雀が鳴いていた

うどん屋をちょっと南下したところにある神社。咲いているのはヤマザクラ

神社の裏にある海岸

家に帰った後近くの公園に行った。モクレンが満開

マンサク