あの素晴らしい愛をもう一度

少し前に出版された「実在とは何か ――量子力学に残された究極の問い」という本がおもしろそうなので某熱帯雨林でポチろうとしたのだが2750円はチト高すぎると思い、とりあえず図書館で借りようと市立図書館で蔵書検索したがまだ入ってなかった。数日前「すべては幻だ」なんて、臆面もなく妙に思いつめたふりをした記事を書いたのだが一応理由はある。自分を取り巻く世界はそれを本人がどう認識するかでガラガラ変わる。ずいぶん前のことだがユクスキュルの「生物から見た世界」という薄っぺらい本を読んでぼくの世界観は根底からひっくり返った。ぼくの世界観がその本に負けず薄っぺらかったせいなのだが、小心者のぼくは俄かに不安になった。世界とは何なんだろう。ぼくの頭が勝手に創作した幻なのか。動物行動学者の日高敏隆さんは「イリュージョンなしに世界は見えない」と言っていた。世界は幻を通してでないと見えないのだ。なんと居心地の悪い話だろう。一方、量子力学の世界もはっきり言って気持ち悪い。ユクスキュルの話よりたちが悪い。俄かには信じがたいどう見ても狂った世界なのだ。本当にこれは科学なのだろうか、と、首をひねらずにはいられないのだが、どうやら間違っているのはぼくの常識であるらしい。前置きが長くなったが、2750円もする「実在とは何か ――量子力学に残された究極の問い」という本に、ぼくの頭では理解できない、まったく腑に落ちない、あのコペンハーゲン解釈についての新しい知見が述べられていそうな気配なので読んでみようと思ったのだった。
この本の紹介記事に次のように書いてある。


ファインマンも、数学的に等価な二つの理論を実験によって区別することはできないが、どちらの理論を選ぶかは、その人の世界観に大きな違いをもたらすと指摘している。科学理論は実験結果だけから構築することはできず、世界観を必ず伴っている。つまり、新しい物理学をもたらすには、新しい世界観が必要なのだ。


新しい世界観があるということは古い世界観もあるということだ。ユクスキュルの本を読む以前のぼくは古い世界の中で生きていたといえる。あの頃のぼくには見えなかった世界の有様が今のぼくに見えるように、量子力学はそれを学ぶ人に新しい世界観をもたらす。

あの素晴らしい愛をもう一度、という古い曲に次のようなフレーズがある。


あの時 同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度


人は一人ひとり異なった世界観を持つ。
一見、同じ花を見ているように見える二人。でも、二人が見ているのは同じ花ではない。

星月夜

家に帰りつき、ふと見上げた空に月が浮かんでいた。その上で木星も輝いている。十月も半ばだというのに外はまだ暑い。というわけで、夕食の準備をしていたヨッパライ某を誘って屋上で缶ビールを開けた。露出時間が短かったせいでよく見えないけど月の上で小さく光ってるのが木星。月の下の赤い星はオランダのビール

ジェームズ・ボンドとして

最近、某プライムビデオで007シリーズを時々見てるのだけど、ダニエル・クレイグの「ジェームズ・ボンドとして」というドキュメンタリーが結構おもしろかった。ショーンコネリーがボンド役になった時のエピソードもおもしろいけれど、ダニエル・クレイグもそれに劣らずおもしろい。
以下、このドキュメンタリーの紹介文


ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンドとしての15年間の軌跡を率直に振り返る。「007」のプロデューサーであるマイケル・G・ウィルソンとバーバラ・ブロッコリと対談、未公開映像を交えつつ、クレイグが自身の思い出を語る。

47分

今日は三ヶ月おきにやってくる歯のメンテナンスの日。どこも悪くないのだけど予防のため。それが終わったらヨッパライ某を病院に連れて行き、その足で父の携帯電話の解約手続き

バタバタと用事を済ませ、海の見える小さなレストランのテラス席へ。パスタをフォークに巻き付けながらドストエフスキーの話などポツリポツリ

海に寄ってみる

誰もいない海。さきほど解約した父の携帯をコールしてみた。「おかけになった電話番号は現在使われておりません」

いつも宇宙とつながっていたい。それを確かめるために海に来る

家路

仕事を終え、戸締りをして家路を急いだ。西の空に金星が輝いていた。駐車場に車を止めて空を見ると、木星と土星が月に寄り添っていた。夕食の準備をしていたヨッパライ某に声をかけ、屋上に上がって缶ビールを開けた。月の光を浴びて海が銀色に光っていた。同じような夜景を何度も見てきたのに、今夜はいつもと違って見えた。それは子供のころ見た懐かしい夜景だった

マヨネーズ

わが家にはガラス製の小さなドレッシングシェーカーがある。これにオリーブオイルと砕いた胡椒と酢と玉ねぎをすりおろしたのと、ハーブソルトを適当に入れてシェイク。以前はスーパーで売ってる既成のドレッシングを使っていたが、それとは次元の違う味がする。伊丹十三は「女たちよ」というエッセイ集で、「既製品のドレッシングを使う人は、人間も既製品ということだ」と口をとがらせていたが、マヨネーズについても「友人のうちに遊びに行くと、奥さんが胡瓜やレタスを刻んでチューブ入りのマヨネーズをにょろにょろとかけたやつを出してくる。あれは侘しいなあ。自分の工夫が一つもない。したがって料理でも何でもない」と不平を鳴らしていた。マヨネーズも自分で作ると断然うまいのだという。そういうぼくも作ったことはないけれど。
ずいぶん昔の話だが、その伊丹十三がマヨネーズのCMを好演していてけっこう笑えた。あのころはテレビCMばかり見ていたな。

夏の夜空

街明かりで星数は少ないのですが、久しぶりに望遠レンズを取り出して撮ってみました。
左から カリスト ガニメデ エウロパ 木星 イオ
(ガニメデとエウロパは重なってます)

土星 右下にかすかにタイタンが見えます

アンドロメダ銀河 三脚に固定して撮ったので星が流れてます。10秒露出