おととい傘の中の二人

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おととい、雨の中を傘をさして撮った花が、今日は無残に散っていた。分かってはいたのだけど、なんともいえず、さみしかった。
きみは去り、残されるぼく。

某営業マン

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昼すぎ、某社の営業マンが集金に来た。
「なんだ、もう来たのか」
ぼくが眉をひそめると、営業マンはヘヘヘ、と頭をかきながら
「あ、そういえば、この前連れてきた会社の女の子が、マスターのことを、メッチャカッコイイ、って言ってましたよ」
と言った。
「え?ほんとに?」
ぼくはその女の子がどんな顔をしていたか必死に思い出そうとした。
「ほんとうですよ。ではまた」
営業マンはバッグにお金をしまうとさっさと帰っていった。

骨の記憶

店からの帰り道、いつものようにカーラジオのスイッチを入れたら、不思議な音のする楽器がバロック風の音楽を奏でていた。木管楽器らしいのだけど、今まで聞いたことのない音。聞いているうちに、これは動物の骨で作った楽器じゃないだろうか、と、ぼくは思いはじめた。聞けば聞くほど、そういう音に聞こえる。風が吹いた翌朝、海に行って波打ち際をぶらぶら歩いていると、流木に混じって、白く脱色した大きな頭骨が打ち上げられていることがある。肉が無いので、それがどんな生物のものなのか分からない。馬かもしれないし、海に棲む怪物のものかもしれない。ぼくはラジオから流れてくる音楽を聞きながら、そんな波打ち際の風景を思い浮かべていた。その、持ち主の知れない頭骨に穴を穿って楽器にすれば、きっとこんな音がするだろう。音楽が終わって、曲の紹介があった。曲名は、バッハのなんとかカンタータ。楽器は、オーボエ・ダカッチャ、だそうで、それが動物の骨で作ってあるかどうかは説明されなかった。

blossom

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ぼくは花に女性を重ねるから、霧がかかったような、ピントの合ってない、ぼけた写真を撮る。そうした佇まいがぼくの中にある花の真実に近い。女性は神秘的でミスティな存在だ。霧の向こうから手招きをするが、ぼくは永遠に近づくことはできない。美化する気などまったく無いのだけど、そのうちにある目に見えないものが、まさに見えない。そこでぼくは不思議に思う。女性は花を見て、花以外の何かを感じるのだろうか。まさか、男を感じることは無いと思うけど。

私というホラ話

ネット上に村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチが訳されてますね。いくつか読んだのだけど、ぼくにはこちらの訳が読みやすかったです。 「いつでも卵の側に」という話なんですが、ぼくは肝心の「卵の話」のコアにはあまり興味が持てなかった。もちろんこれはぼく自身の問題。以前、彼の本で読んだ「モラルの話し」に似ているな、という感じでスルー。「卵の話」に導入するための次の部分が、ぼく的にタイムリーで気に入りました。
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 創意のあるホラ話を語ることで、なんていうかな、作り話を真実であるように見せることで、小説家は新しい場所に真実を生み出し、新しい光をあてることができます。たいていは、現実のままのかたちで真実を掴むことや正確に描写することは不可能です。だから私たち小説家は、真実というものの尻尾を捕まえようとして、そいつを隠れた場所からおびき出し、虚構の場所に移し替え、虚構という形に作り直そうとするのです。しかし、これをうまくやり遂げるには、最初に自分たちの内面のどこに真実があるのかをはっきりさせておく必要があります。いいホラ話を作るのに重要な才能というのは、これです。
———– ここまで ———–
つまり、うそのカタチを借りて真実に到達しよう、とするのが文学、みたいなことを言っているんだと思うのですが、ぼくには、人生をドライブするには、霧が出ようが、道がなくなろうが、天地がひっくり返ろうが、見えない目標に向かってハンドルを握り続けることだ、というように聞こえました。某動物学者がいうように、真の客観などなく、すべては幻想だ、と思い至り、考えること自体が無意味に思えてくる、そんなときに、いいホラ話は、ぼくにもう一度ハンドルを握るチカラを与えてくれるように思えたのです。

dance dance

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朝からぼくは踊り続けていた。
踊りすぎて、夜中に足がつった。
みんな、踊ろう。体を揺すれ。
意識はぼく。体は生物。
春がきた。生物はみな踊りだす。

ズームアウト

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午後5時。西側の窓から夕日が差してきた。
部屋は金色の光に包まれる。
ぼくは椅子に腰掛けてコーヒーを飲んでいる。
ぼくは目をつむる。
ぼくの意識は上昇し、雲間から目をつむっているぼくを見下ろす。
椅子に腰掛けているぼくの体が秒速400メートルで東に流れていく。
ぼくはさらに上昇していく。
太陽の周りを地球がまわっているのが見える。
ぼくは秒速30キロメートルで太陽の周りをまわっている。

なんのはな?

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「入り口のナノハナ、いい感じですね」
女性のお客さんがおっしゃった。
「あれは菜の花なんだけど、ナノハナじゃないんです」
ぼくは言った。

春一番が吹いた朝

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昨年暮れ、珈琲を買いに来るお客さんから睡蓮の苗をもらった。ぼくは睡蓮なんて育てたことが無いので、すこし不安だったけど、赤玉土と腐葉土を混ぜて水鉢に敷き、そこに苗を植えて水を張った。完全に水没させたままで、本当に大丈夫なのだろうか。腐ったりしないのか。ぼくは毎日、不安な面持ちで水の中を覗き込んでいた。
昨日、春一番が吹いた。夜になっても、ごうごうと風の吹く音は続いていた。今朝、庭に出ると、植木鉢のいくつかが倒れていた。ぼくはいつものように、睡蓮の様子を見に行った。すると見たことも無い、ピカピカの葉っぱが水面から顔を出していた。
「やあ、おはよう」
春一番は、水の底でまどろんでいた睡蓮を起こしていった。