春分の日だというのに、突如、パソコンが冬眠してしまった。
今やっとこうしてネットにつながったところ。
コメントの返事、遅くなってすんません。明日書きます。
Jung
(笑)
あなたは笑ったことがあるだろうか。白状するが、ぼくは笑ったことがない。子どもの頃、笑う練習がぼくの日課だった。それは苦しい毎日だったが、おかげで笑うフリに於ては誰よりもうまくなった。笑うことができなければ、この渇ききった砂漠のような都会で生き抜くことは難しい。この件に関しては、いずれ機会を改めて詳しく語ってみたいと思う。
話を戻そう。たとえば対人関係の場合、肝要なのは、まずどこで笑うか、である。目の前の相手が笑うべき言動をとった際、それがどの程度の笑いに相当するか速やかに判断し、いくつかのバリエーションの中から適切な笑いを選んで効果的に実行しなければならない。よくあることだが、相手が白けたジョークを放った場合などには、いわば思いやりから笑ってあげる必要が生ずる。しかし、いずれにせよその判断は人生哲学に裏打ちされた優れた人間観察能力がないと行えない。つまり、笑いのセンスがこれである。
笑いにもいろいろあるが、第一回目の今日はジョークについて考えてみることにしよう。テキストとして、角川文庫ポケット・ジョーク第一巻から次のものを選んでみた。
夫 「ぼくはいままで一度も浮気なんかしたことがない。きみも同じことが言えるかい?」
妻 「ええ。でもそんな真面目くさった顔ではむりだわ」
どうだろう。笑うことができただろうか。もしあなたが一角の成人でありながら笑えなかったとしたら、すでに問題があるといえる。対策を考えたほうが良いだろう。
以下、次号につづきません。
窓
地球の回転
きこえない音
秘伝 第一夜
いよいよ今夜から秘密の特訓を始めるつもりでいたのだが、
食いすぎたせいか腹が痛いのでもう寝ます。
沼
寒さが遠のいて空が明るくなる。
この季節になると思い出す。
悲しみの沼に足をとられ、自ら脱出することを望まず沈んでいった白い馬。
救いはある。
救いなど無い。
だれがそう言えよう。
賢者はどこにもいない。
ヘンシン
機械は与えられた仕事を何度でも繰り返す。
ノーミソは同じことを繰り返すのを嫌う。
ということは、どういうことか。
人は自ら変化し続ける。
今日も言われた。
あい変わらず変わっているね、と。







