疲れているのかな

夜、店を閉め、帰宅するために車を走らせた。闇の中を走っていると、ふいに甘い香水の匂いがし始めた。外からだろうと思ったが、どうもおかしい。窓を開けているからすぐに消えるはずなのに、すぐ近くで匂いつづけている。奇妙なのは、その匂いに現実味が無いことだった。でも、確かに匂っている。車が自宅につくころ、匂いはしなくなった。ところが、階段を上り、寝室に入った時に、また同じ匂いがした。だれかそばにいるような気がして、思わず辺りを見回したが、もちろん、だれもいない。そのとき匂いは消え、二度と匂わなかった。これは幻覚の一種なのだろうか。

記憶の波間に浮かぶブイ

昨夜は、数年前に撮影したはずの写真をずっと探していた。約50枚のDVDに保存してある数多の中から探し出そうとしたのだけど、結局見つけだせなかった。でも、写真を見るたびに過去の記憶が鮮やかによみがえり、時間を忘れるほど楽しいひとときを過ごすことができた。撮影した写真は、ブレていようが、露出が狂って真っ黒になっていようが、消去することなく全て保存している。それは、作品としての出来不出来以上の有用性を写真に見出しているからだ。写真を無意識に撮ることは無い。意識を集中してシャッターを押す。シャッターを押すことは、自分の意識とその場をリンクさせる特殊な行為だと思う。だから、写真は記憶のタイムスタンプとして後日機能させることが可能だ。数日前、ぼくは古いアルバムを広げ、6歳だった頃の写真を見た。ぼくはその時のことをよく憶えている。そこから、いくつかの記憶を幾重にも畳み込まれた紙を広げるように展開させることができた。カメラをぼくに向けている母の顔も、おぼろに浮かんだ。憶えている理由ははっきりしている。その時ぼくが母のカメラに強い興味をいだいていたからだ。写真を撮る行為と記憶の関係。実に興味深い。
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上の写真は、以前ブログに載せたもの。その時は、この写真が好きだった。下の写真は、昨夜、写真を探していてたまたま目に触れた、同じ時、同じ場所を別アングルで撮ったもの。今見ると、こちらのほうが良く感じる。写真を眺めていると、あの時の風の冷たさ、そして虫の声が聞こえてくる。
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rawコンデジ、ぽっちい その2

コンデジが欲しい理由の一つが、そのシャッター音の静かさ。一眼レフは、静かなレストランなどでシャッターを切ると、ドキッとするような音がしてヒヤヒヤする。コンデジ、ぽっちい。でも、コンデジを使ってみると、その背面にある液晶画面を見ながらピントを合わせるのが、ど~もしっくりこない。やはりファインダーをのぞき込まないと、その気にならない。というわけで、レンジファインダー式のrawコンデジ、ぽっちい。写真のようなコンデジ、出てこないかなぁ。安くで。
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夢のつづき

一年以上前に見た夢の続きを見てしまった。ぼくはある組織に属している。ぼくは対立する組織のメンバーを捕らえ、ロープでぐるぐる巻きにする。そして言う。どうだ、もう逃げられないぞ。そのロープを外せるものなら外してみろ。すると、敵の若い男は難なくロープを外して逃げてしまった。ぼくはその直後に目を覚まし、その夢が何を意味するのか、ひとしきり考えたが、分からなかった。

夢の中のぼく

ふだん何気なく使っている“夢中”って言葉。これ、言い得て妙だよね。ぼくは蝶の写真を撮り始めると、時間も自分もあいまいになって、何がなんだか分からなくなる。気がついたら夕暮れ、ってこともしばしば。昨日もそうだった。気がつくと顔中、蚊に刺されてひどい状態。ぼくの中の本当のぼくって、夢の中に棲んでいるのかも。
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