R33Returns

西の空が赤く染まる頃にやってきたのは先月末さよならを言いに来たR33男であった。九州を去り、新しい土地に着任して10日目の今日、こちらに出向いたのは必要な書類を取るためだった。
ところでブログにコメントがついてたよ。と、ぼくは言った。
え?気づかなかった。ブログの見方がよくわかんなくて。iPhoneで見てみよう。
と言って、彼はiPhoneを取り出した。
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島根の灯台

店からの帰り、お客さんの家にコーヒーを配達した。チャイムを鳴らすと、ひげを伸ばした初老の紳士が(といっても、ずいぶん若く見えるのだが)、いつものように柔和な笑顔で出迎えた。コーヒーを渡した後で、いよいよですね、と言うと、たちまち相好をくずし、ええ、今その準備中なんですよ、と言った。定年退職を迎え、近々、念願の日本一周の旅に出るのだった。一人で運転してですか、と聞くと、相手がいないからしょうがないでしょう、と白い歯を見せて笑った。奥さんはずいぶん前に亡くされていたのだった。まず、島根にある日本一高い灯台を見に行きます。それから日本海側を北上し、能登半島に行って竜飛崎まで上るんです。もしかすると北海道に渡るかもしれない。網走に友達がいるんで。
熱く語る、日に焼けた初老の男の顔を見ていたら、なぜかぼくもわくわくしてきた。島根に日本一高い灯台があるなんて知らなかったので、ぼくもそれを見たくなった。よーし、次は島根だ。灯台だ。

ノーぺル文学賞スピーチ「壁と肉」

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あつい鍋の中にお壁と肉だんごが入っていたら、とりあえずぼくは肉の側につく。しかし、肉より壁のほうがうまそうに見えた場合、ぼくは壁の側につく。どちらにせよ、いずれ口に入れるのだから、いちいち迷うのは時間の無駄でしかない。しかし、そのように無駄に見えるふるまいが文学のありようなのである。

トドメ

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研修疲れ、でしたっけ。ずいぶんくたびれたご様子でしたね。しかも、思い切って買うつもりだった念願のドリップポットが在庫切れ。トドメを刺しちゃってすんません、明日入荷予定です。

家に帰り着き、屋上に出た。夜空には薄雲が広がっていたが、その向こうで小さな星が瞬いていた。やあ、また会えたね。ぼくは君たちがいないと生きていけそうにない。

ハンドルを握れ

そう、「ふりかかった災難こそが人生のきっかけ」ということである。だれの身にも降りかかる災難は、その人がどう生きるべきか考える磁石の針のようなもので、災難は災難でも、ただそこから脱け出せればいいというものでもない。何も考えずそこをスルーしてしまうと、人生はまったく味も素っ気もないものになってしまう。つまり、災難はただの災難ではないのである。それによって初めて人生が立ち上がる契機となるもので、それなしにはすばらしい人生など存在し得ないことになる。
「生きるチカラ」とは、その人がもっとも大きなダメージを受けたときに動き出すチカラで、ほとんど機能しないほど微弱なこともあれば、それまでの人生が一変してしまうほど強力なこともある。その働きを見つめながら、生きるとはどのようなことなのか改めて考えてみたいと思ったのである。
以上、たま~に更新される植島啓司さんのコラムからの引用。なぜこれをここで引用したかというと、今日いらしたお客さんが、「大病を患い、人生観が変わった」という話をされたからだ。ぼくは数日前にこのコラムを読んでいたので、その話に何か符合するものを感じたのだった。「災難はただの災難ではないのである。それによって初めて人生が立ち上がる契機となるもので…」と、植島さんは言っている。初めて人生が立ち上がる、とはどういうことだろう。それまでの人生はなかったに等しい、ということだろうか。ずいぶん前のことだけど、ある夜、ぼくの娘がその弟に説教をたれているのをたまたま耳にした。何があったのかは知らないが、たしか、「他人の人生を生きるんじゃない、自分の人生を生きなさい」みたいな内容だった。娘から見ると、どうやら息子は他人の人生を生きているらしいのだった。まるで他人の運転する車に乗せてもらって気楽な旅を続けている人のように。しかしそこに思わぬ災難が降りかかるのである。ある日、車は急峻な崖に面した細い下り坂を走っていた。と、突然車のブレーキが利かなくなり、頼りの運転手は失神してしまう。さあ、ハンドルを握るのはあなたしかいない。