二人の間にはIがある

料理が好きなこともあって、家を建てる際、キッチンは対面式I型キッチンを選んだ。これなら調理中も家族との会話が楽しめる。
子供たちも大きくなり、今では妻と二人きりで食事をすることが多くなった。今日も6人掛けのテーブルに2人向かい合って夕食。彼女の体調が芳しくないので、食後の片づけはぼくがすることにした。エプロンをして茶碗を洗うのはけっこう楽しい。キッチンの向こうで彼女は本を読み始めた。「三匹のおっさん ふたたび」という本。彼女に頼まれてamazonに注文した中古品が今日届いたのだ。それ、1円だったよ。送料が250円。というと、へー、どう見ても新品だよ、コレ。とびっくりしていた。ちなみに新品は781円。茶碗を洗いながら見る風景… ぼくには新鮮だ。毎日する気はないけど

20年前

サラリーマンをやめたのが20年前の今ごろ。家族みんなでこの堤防に座り、だまって海を見つめていた

だれもが途方に暮れて海を見つめていたのだろう、とぼくは思っていた。でも今日、そのことをヨッパライ某に話したら、途方に暮れていたわけじゃない。とのことだった

某植物園のミモザを見に行った

甘酸っぱい香りがあたりに漂っていた。春の予感

咲きはじめたロウバイ

いつものハーブ園で昼食。カボチャプリンは無くなっていた

ハイビスカスのシャーベット。ヨッパライ某は山の上のケーキ屋で食べるから、と、レモングラスのハーブティーを注文

山の上のケーキ屋は休みだった

冬の砂浜

おとといの朝、ズボンをはこうとしたら腰に激痛が走り、もう少しで倒れるところだった。久しぶりのギックリ腰

そんなわけで今日は家でじっとしているつもりだったのだが、朝起きてみると意外と調子がいい。これなら出かけられると思い、たまには父を連れてエビフライでも食べに行こうかと電話するが出ない

とりあえず出かける準備をし、家を出る前にもう一度電話してみたが、やはり出なかった。冬眠しているのかもしれない

エビフライ屋に行く前に東シナ海を臨む丘に上り、海辺の美術館に行った

砂浜に出ると、波打際を若いカップルが歩いていた。あんな頃もあった

峠で運転を代わり、山道を歩いて帰った

屋上菜園

今日は屋上菜園の管理人の誕生日であった。

ブロック2段で囲った中に土を入れ、菜っ葉やナスやトマトなどを植えている。夏はスイカやカボチャが立派な実を結んでいる。今は大きなミカンがたわわに実っている。植物を育てるのは天才的なのだが

ミスター・ゴーン

わが家のリビングにはウェザーリポートの「ミスター・ゴーン」のジャケットが掛かっている。ここ数日、ゴーン氏の話題で世間が騒がしい。そのせいで、このアルバムを久しぶりに聞きたくなった。レコードプレーヤーがないのでyoutubeで聞こうと思い、検索したところ、なぜか出てきたのはミスター・ビーン。おー、そうか、なるほど、と、甚く納得したのだった。

今日から仕事だった。午後、お客さんがまばらになった頃、ヒマを持て余したバイク少年がワックスの効いたナンパ車でやってきた。アルファのスパイダー。この車はぼくの定義によれば、ある晴れた日の午後、髪の長い知的できれいな女の子をとなりに乗せ、海沿いの緩いカーブを白い灯台のある岬へ向けて走る車、なのである。というわけでぼくも一つ欲しい

答えの中へ生きて行こう

新しい年が始まったことだし、なにか人生の目標みたいなのを一つ考えてみたいぜ、とか思ったのだけど、考える間もなく、すでにずいぶん前から人生レベルの目標を立ててマジメに実行していることを思い出した。それは「問いを生きる」ということ。これはリルケという人が「若き詩人への手紙」で書いてることなんですが、「問い」が生じたとき、その答えをせっかちに求めず、かといって無視するのでもなく、それを美しい宝石のように愛し、夜も昼も肌身離さず持ち歩く。すると、なんと、あなたはいつの間にかその答えを手に入れた人生をそれと気づかず歩んでいるのです、という、実にうまい話なのです。
以下、リルケ (著), 高安 国世 (訳) 若き詩人への手紙・若き女性への手紙 より


あなたはまだ本当にお若い。すべての物事のはじまる以前にいらっしゃるのですから、私はできるだけあなたにお願いしておきたいのです、あなたの心の中の未解決のものすべてに対して忍耐を持たれることを。そうして問い自身を、例えば閉ざされた部屋のように、あるいは非常に未知な言語で書かれた書物のように、愛されることを。今すぐ答えを捜さないで下さい。あなたはまだそれを自ら生きておいでにならないのだから、今与えられることはないのです。すべてを生きるということこそ、しかし大切なのです。今あなたは問いを生きて下さい。そうすればおそらくあなたは次第に、それと気づくことなく、ある遥かな日に、答えの中へ生きて行かれることになりましょう。