読書の秋 その2

めずらしく本を読み続けている今日この頃。先日読んだ村上春樹の「一人称単数」が呼び水になったようだ。村上春樹って、こんなにおもしろかったかな、ってな感じで。というわけで、まだ読んだことがなかった、あの「ノルウェイの森」を読み始めた。しかし読み進むに従い、いつの間にか寒々とした冬の気配がぼくの周りを霧のように漂い始め、ぼくの世界の人口密度が白夜のツンドラ地帯のようになってきた。なんだかまずいところに引き寄せられている気がして、上巻を読んだところでもうやめよう、と決心した。のだったが、コーヒーを飲んでるとつい手が伸びてしまう。恐るべきダークサイドの引力。そんなわけで、いつの間にか下巻の後ろの方を開いている自分がいる。そして今、次のような会話に出合い、思わず吹き出しそうになった。


「ま、幸せになれよ。いろいろありそうだけれど、お前も相当に頑固だからなんとかうまくやれると思うよ。ひとつ忠告していいかな、俺から」
「いいですよ」
「自分に同情するな」と彼は言った。
「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」
「覚えておきましょう」と僕は言った。そして我々は握手をして別れた。彼は新しい世界へ、僕は自分のぬかるみへと戻っていった。


今年の春、やっとのことで息子が専門学校を卒業し、社会に出て行った。別れの夜、彼に忠告した言葉がこれと同じだった。へえ、あんたも、たまにはいいこと言うね、と思われるかもしれないが、ちょっと違う。なぜぼくがこんなことを言ったのかというと、ぼくは息子の理想から大きく外れた残念な父親だったのが自分でもよく分かるので、それこそ親身になって息子に同情できる。父親は選べない。そこで思うに、息子もそんな自分の不運を嘆いているのは火を見るよりも明らか、自分に同情していて当然だ。しかし、自己憐憫が己の成長を大きく妨げることはよくわかっている。そこで上にあるような忠告をしたわけ。つまり、上等な忠告を装ったずるい話なのだ。なお、言い訳になるが、どこかの国にこんな名言がある。「父親になるのは簡単だが、父親たることは難しい」