われらは何者か

恋人らはしんしんと静もる夜気のうちに霊妙に語り出ることもあろう、もしもかれらが語るすべをこころえているならば。だがすべてのものはわれら人間のありようをつつみかくしているように思われるのだ。

リルケ「ドゥイノの悲歌」手塚富雄 訳 より

リルケは「すべてのものはわれら人間の在りようを包み隠しているように思える」と言う。言い得て妙。ぼくもそう思うし、詩人やアーティストは自らを媒体として人の目に隠されたものをあらわそうとする。人間の秘密に挑んでいるのだ。こういう推測もできる。本来人間には何も隠されていなかったが、あるきっかけによって自ら見えなくなり、理解できなくなった、と。いわゆる、失楽園

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