宇宙の不思議、という本を読んでたら、その巻末の解説に次のような詩が紹介されていて、ちょっと感動。
ウィーン大学におりました時に、ふと立ち寄った本屋がございました。モーツァルトのお葬式をやった寺院のすぐ横にある本屋ですが、ノヴァーリスの詩集を見つけました。その時、頭の上からもの凄い光の矢が脳天を突き刺したような感動を覚えました。こんな詩があったんです。
すべてのみえるものは、みえないものにさわっている。
きこえるものは、きこえないものにさわっている。
感じられるものは、感じられないものにさわっている。
おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう。
著者によれば、原文に忠実に訳せば「さわっている」ではなく、「ひっかかっている」になるそうです。
すべてのみえるものは、みえないものにひっかかっている。
きこえるものは、きこえないものにひっかかっている。
感じられるものは、感じられないものにひっかかっている。
おそらく、考えられるものは、考えられないものにひっかかっているだろう。
ぼくは写真を撮るのが好きだけど、この「みえないもの」「きこえないもの」「感じられないもの」「考えられないもの」を写そうとしている気がします