側面に沿ってナイフを入れたフランスパンの切り口にリエットを厚く塗りつけ、レタスとトマト、そしてキュウリをはさむ。それを三つに切り分け、ラップで包む。ポットに詰めるコーヒーは、最近お気に入りのゴールデン・ビートル。さあ、どこに行こう。でも、今日は考えないことにした。とにかく車に乗り、エンジンをかける。そしてぼくは頭の中のA.Cボタンをオンにする。A.Cとはオートクルーズの略。つまり、なにも考えなくても体が自動的に車を操縦し、昼食を食べるのに良さそうな場所にぼくを運んでくれるのだ。やがて気がつくと、車は指宿スカイライン沿線の千貫平自然公園の駐車場で止まっていた。
ぼくは車を降り、坂を上って公園の奥にある展望台に向かった。だれもいない。ぼくはテーブルクロスを広げてパンを載せ、熱いコーヒーを入れた。遠くで海が輝いている。いい眺めだ。ぼくはのんびりとコーヒーを飲みながら、パンを二個平らげた。あと一個は、次の場所で食べることにしよう。
再び車に乗り込み、A.Cボタンをオンにする。車は勝手にどこかへと走り出した。どうせ海にいくのだろう、と思っていると、車は思いがけず右折し、だだっ広い畑の中に入っていった。
そこは扇風機の町であった。どこまで走っても扇風機が立っている。
車は帰路に就いたようだった。バックミラーに夕日が映っている。車は茶工場の横で停止した。
茶工場と乱立する扇風機の柱が切り絵のようだ。ぼくは熱いコーヒーを飲みながら、暮れなずむ空を眺めていた。
やがて、月がくっきり浮かんできた。