わが家の玄関の照明は、人が入ってくると自動的に点灯する。赤外線センサーが人を感知してスイッチを入れてくれるからだが、このセンサーが壊れた。家を建てて10年以上経つ。電気製品は、だいたい10年で壊れることになっている。
家人が、「直せる?」と聞くので、「どうかな」と言って、ぼくは器具を取り外し、分解し始めた。複雑な機械を分解するときは、その様子をビデオカメラで録画しながら作業を進めるのだが、単純そうな機械なので、深く考えず、ネジを片っ端から外していって基盤を露出させた。予想したとおり、リレーに問題があった。久しぶりに半田ごてを手にし、修理した。器具を元通り結線し、天井に取り付ける。スイッチオン。やったー、無事点灯。ぼくはとてもうれしかった。しかし。
直ったことに、だれも感動しない。
「すごーーーーい!」とか、
「ステキ!あなたって、何でもできるのね」とか、
「修理代が浮いたから、今夜はご馳走よ」とか・・・
理由はわかる。ぼくは、機械が壊れると、ほとんど自分で直してしまう。直せてあたりまえ、なのだ。
あたりまえに感動は無いのである。
パーフェクト・ブルー
田口ランディのノンフィクション、「パピヨン」は、彼女がチベットに着いて間もなく高山病にかかった、というくだりから始まる。
酸欠状態のため思考ができない。言葉が消えていく。なにを考えようとしてもとりとめがなくなる。しまいには考えることに疲れてしまい、考えることを放棄した。
無だった・・・・・。いかなる思考も浮かんでこない。
中略
とにかく空気が薄いのでなんの考えも浮かばない。でも目と耳はクリアだった。とても気持ちがよかった。チベットの空は青い。青という色に街が抱かれている。私も抱かれている。青が世界を満たしている。この青は呼びかけてくる色だ。青が私を呼んでいる。どこか遠くから、じっと誰かが見ている。もちろんそれも言葉にしたのは後のこと。なにも浮かばない。ただ空が見ている。いや、これも後づけだ。「空が見ている」ということも思わない。言葉は消えていた。
中略
もう、瞑想の状態に戻ることはできなかった。あの、三昧の状態は、一瞬で終わってしまったのだ。何度も努力したけれど同じ状態にはならなかった。たぶんあれは、高山病がもたらした奇跡だったんだろう。
これを読んで、ぼくもまったく同じ体験をしたことを思い出した。数年前の夏、ぼくは海底に落としたものを拾うために長時間潜り続けて酸欠状態に陥り、ひどい吐き気に襲われた。砂浜で休んでいると少し気分が良くなり、波打ち際をふらふら歩き出した。その時の空の青と海の青が、色というのではなく、強い意志としてぼくに直接語りかけてきてぼくを圧倒した。語りかけてきたがそれは言葉ではなかった。ランディさんが描いているのとまったく同じことが起こった。以来、ぼくの中で何かが大きく変ってしまったような気がする。
その日のことをブログに記しているのだけど、さっき読んでみたら「限りなく理想的なブルー」という題になっていた。あの青をもう一度体験したいとは思うのだけど、だからといって酸欠状態を再現しようとは思わないし。
サルの握手
ひさしぶりに海に来て、だれもいない波打ち際を歩いた。
どこまでもどこまでも歩いていると、水際にきれいな白い鳥がいた。
写真を撮ろうと思って、そうっと近づいていった。
でも飛んでいった。
数日前の、某ブログの記事を思い出した。
———- ここから ———-
私は自分が若い日に傾倒した哲人の言葉を思い出していた。正確な言葉ではないが、子どもの教育にも打ち込んだその哲人は、子どもから、「わたしはリスが好きなのに、わたしが近づくとリスは逃げてしまいます。どうしらたいいのですか」と問われた。彼の答えは意外なものだった。そしてその答えは、私の心にずっと残った。彼の正確な言葉は忘れたが、こんなふうに答えた。「リスがきみに安心感が持てるように、毎日リスのいる木の下でじっとしていなさい。何日も何日も。」 その奇妙な答えは彼自身が自然のなかの暮らしで実践していたものだった。大樹の下で禅定ともなく静かに日々座って、リスや山の動物たちが彼を恐れなくなるまで慣れさせ、そしてやがて彼の体にリスが乗り駆け回るようまでなった。猿がやってきて握手を求めたともあった。
猿の握手。私はそんなバカなと思ったが、別途動物学の本で、仕込んだわけでもなく自然の猿にそういう習性があるのを知った。
明日は晴れらしいね
三分咲き
ひとりの部屋
時間と必然
おととい傘の中の二人
某営業マン
ショーシャンクになれなかった
しまった、パトカーだ!
ぼくは車を急転回させ、民家が軒を並べる狭い路地に逃げ込んだ。背後でサイレンがけたたましく鳴り響く。ぼくは最初の十字路を左に折れ、目についた高級住宅のコンクリート車庫に車を突っこみ、シャッターを下ろした。
と、そこで目が覚めた。いやな夢だ。
今日は雨のはずだった。しかし、カーテンを開けると、空はどんより曇っているものの雨は降っていない。
くそっ。
ぼくは舌打ちした。週間予報では今日は雨だった。そのつもりで、きょうはショーシャンクな一日を計画していたのだ。つまり、指宿の某貸切温泉の外湯に浸かり、全身に雨を受けながら喜びに満ちた顔で空を仰ぐ予定だったのである。
しかし、あきらめるのは早い。もしかすると指宿は雨かもしれない、と思って、とりあえず車を走らせた。が、天気はますます良くなり、雲間から青空が見えはじめた。ショーシャンクな計画は失敗に終わったのである。
天気が良くなってきたので某植物園まで足を延ばし、そこで食事をとることにした。温泉横の山を超えて池田湖を半周し、しばらく走るとそこが植物園だ。つづら折の坂を上りきると空が開け、気分も明るくなってきた。が、そこには黒白ツートンカラーの車が待ち構えていた。ちなみにスバル・レガシーターボ。
「どちらへ行かれるんですか?」
車を止め、窓を開けると、背筋のピンと伸びた立派な体格のお兄さんがニコニコしながら聞いてきた。
ぼくの顔は思い切り引きつっていたが、となりのヨッパライ某がうまく応えてくれた。まったく心臓に悪い。
植物園の花壇に、きれいなキャベツが噴水のように植えてあった。
ここのチューリップ畑はほんとにきれいだ。
いつかわが家の庭もこんな風にしようと思う。
レストランで昼食。
ホワイトクリームと焼サーモンのスパゲティーなんとか。