ロマンチストを撃つな

今日も言われた。あなたってロマンチストよね。
何年か前まではそのように言われても、冗談だろう、と、一顧だにしなかった。でも今は違う。ぼくは間違いなくロマンチストだ。たまにブログを読み返すたびにそう思う。ぼくはぼくの世界を星菫派の詩人よろしく美しく感傷的に作り上げていく。今朝、一杯のコーヒーを飲むのに選んだ曲はパガニーニの主題による狂詩曲だった。そう、このようにしてぼくは意図的に幻想的な世界に迷い込んでいく。だが、幻想の世界は美しくも儚い。現実を前にして、あえなく砕け散る。ラフマニノフの甘い調べが虚空に消え入ろうとするそのとき、一人の女性が店に駆け込んで来た。もれるもれる、と叫びながら、彼女はトイレに消えていった。

青のドラゴン


店の一角に、例の不思議なドラゴンを置いている。ドラゴンの顔を見つめつつ移動すると、なぜかドラゴンも首を振りながら見つめ返す。これを見たお客さんの反応は様々。
「へぇ~、おもしろいですね」で、終わる人。
「いったいどうなってるんですか?」と、近くによって確かめる人。
無感動、無反応な人。
どちらかと言うと、みんな、大人というか、冷静だ。
しかし今日は違った。
夕方いらしたお客さんは、ドラゴンを見つめつつ移動し始めたとたん、
「ぎゃあ~~~~~~~っ!」と叫び、のけぞった。
おどろいたのは彼女よりぼくのほうだった。
しかしぼくは満足だった。ドラゴンを置いて以来、だれも期待したほど驚かないので落胆していたのである。このドラゴンの展開図がネットに公開されている旨を伝えると、彼女はピカピカの高級用紙に印刷してわざわざ持ってきてくださった。並べてみると、白黒のレーザープリンタ、A4サイズで作ったぼくのドラゴンは悲しいほどに貧相。
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雨の池

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たまには北のほうに走ってみることにした。
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ギャース
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腹が減ったので、なんか食うことにした。
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外は寒そうだったので、中で食うことにした。
比較的空いていた。
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今日は、この池を徒歩で一周するつもりでやってきたのだった。
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雨不足で池の水位が下がり、どこか幻想的な風景。

今日の晩飯

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ギョーザは手作りに限るね。有名店のギョーザはもちろんうまいけど、なぜかたくさん食べることができない。これが手作りだと、いくらでも口に入る。ほんとに不思議だな。見た目は不恰好だけどね。

歩いてきた人

古い写真を整理してたらウォークマンの取扱説明書が出てきた。1979年に出た初代ウォークマン。ぼくがウォークマンを聞きながら歩いてたころ生まれた人が、今やもう30歳。ぼくもずいぶん人生を歩いてきたもんだ。
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いっしょに食おう

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いろんなところで一緒にメシを食う。
友達でも親子でも夫婦でもネコでも恋人でも。
自分で作った弁当を近くの公園で食べるのもいいね。二人なら。
歩きまわるハトなんか見ながら。
ちなみに、ぼくの作った弁当、ケッコウいけるんだよね。
ニッスイの魚肉ハンバーグとか入ってるんだけどね。

108分の1

さっき、お年玉付き年賀はがきの当否をチェックしたら、108枚のうち当たったのは1枚だけ。毎年だいたい4枚は当たるのだけど。
ま、運なんてもんはチビチビ使っちゃいけないんだよね。
大きなことにドンと使わなきゃ。は、は、は

不思議なドラゴンとの出会い

昨夜は前から気になっていたことをネットで調べていた。気になっていたこととは単眼立体視のことで、つまり、片目で立体視は可能か、という問題。某3D映画を見てふいに思い出したのだった。調べてみるとなかなか興味深い記事が多く、とても楽しめた。その中に不思議なペーパークラフトのビデオを紹介した記事があり、目を引いたので、その展開図をダウンロードしておいた。

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そして今日、たまたま当ブログのサーバー、SYNAPSEのスタッフブログを見てみたら、同じペーパークラフトの記事が挙がっていてビックリ。ぼくは先日見た某3D映画がきっかけになって立体視を調べはじめ、この不思議なペーパークラフトに出会ったのだけど、SYNAPSEのスタッフの方の場合、鹿児島市立科学館で催されたトリックアート展がきっかけになったとのこと。ほぼ同じ日に別のアプローチから同じドラゴンに出会うなんて、ちょっと不思議。かも
※念のために説明しておきますけど、ビデオのドラゴン、頭は体に固定されており、首を振ることはできません。頭がプルプル震えるのは薄いコピー用紙で作ったためです(笑)

朝日のあたる空家

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この家に住んでいたおじさんは、毎朝この赤い門の前に立ち、ふんどし姿で体操をしていた。15年以上前のことだけど、今でもその様子をありありと思い浮かべることができる。おじさんが世を去って、家は空き家になった。近々この家は壊されて駐車場になるらしい。