バレンタイン前夜

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閉店間際にやってきた某R32独身男とバレンタインデーチョコについての哲学的考察を行った。当然ながら議論は軽薄な中高生レベルではない。どこか陰のある、心にいくつかの傷を隠し持つハードボイルドタッチ男レベルのものであった。たとえば、本命チョコはゴディバであってはならない、という説にはぼくも深く同意した。議論は次第に熱を帯びはじめたが、実際問題として明日、本命チョコをもらえる可能性は限りなくゼロに等しい状況だということで議論はお開きになった。

ある日どこかで

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さっきまで、ある方よりお借りした「ある日どこかで」という映画を見てました。切なかったな~。でも、こういう映画、大好き。山田詠美が何かに書いてたんですが、切ない、に対応する英語はないらしいですね。この「ある日どこかで(原題 Somewhere in Time)」はアメリカ映画だけど、あちらの人はこの映画を見て、どう感じるんだろう。「悲しい」のかな。切ないといえば、「惑星ソラリス」も恐ろしく切ないよね、「悲しい」のではなくて。あれは旧ソ連の映画だけど、ロシア語には「切ない」に相当する言葉はあるのかしら。

風のメッセージ

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ユーミンの曲の一つに、目にうつるすべてのことはメッセージ、というフレーズがある。きのうの午後、ぼくは海に面した植物園にいた。うららかな日差しを浴びているうちに、ぼくのアタマの思考回路はソフトクリームがとけるように形を失い、明るい春の空に散っていった。そしてぼくは南の彼方から吹いてきた風のメッセージを受け取った。

春だったね

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天気が悪ければ指宿の某温泉に行く予定にしていたのだが、朝から青空が広がっていたので、やはり温泉に行くことにした。今日は縁の湯をチョイスした。十分温まって温泉をあとにし、某池の周囲を走りながら窓を開けると、生暖かい風が吹き込んできた。ずいぶん気温が上がっているようだ。こんな暖かい日はソーメンを食うのが清く正しい生き方である。ぼくは某町営ソーメン流しへと車を転回させた。この陽気でソーメン屋は大繁盛にちがいないと思ったが、客は2~3人しかいなかった。
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いつものようにカメラを取り出し、テーブルの写真をパチリ。ぼくは食べ物の写真を撮るのが大好きだ。ただ、今日はいつもと違い、カメラを縦に構えて撮影することに決めていたのだった。
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ぼくは縦の写真も大好きなのだけど、ごらんのように、ブログに貼り付けるとやたらデカくなる。ただでさえ態度のデカいブログなのに、こう写真が大きくては見る人に嫌われる可能性が高い。と言いつつ、臆面もなく、縦写真ばかりべたべたと貼り付けていくのだった。
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食事が済むと、いつもの某植物園に、桜を見に行った。毎年今頃になると、伊豆の踊子という名の薄いピンクの桜が咲く。
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園内を歩くと、桜とアカシアの花の香りが優しく美しいハーモニーを奏でていた。
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色と香りが織り成す甘美な旋律に酔いしれ、連れはベンチで爆睡
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楽しい時間は早回しで過ぎてゆく。太陽は急に傾き始めた。
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暖かいとはいえ、まだ冬の面影が見え隠れする。
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微熱少年の朝

熱が出てアタマがボーッとしてくると、トンチンカンなことを人様のブログに書き込む妙なクセがある。オマケに書いたことも忘れる。こまった問題だ。後で恥ずかしい思いをする。このブログは無防備を装っているが防備は固い。時に裸のフリをするが裸ではない。でも、酔ってたり、熱があるときなどに無防備なことを書いて後で後悔する。そこでぼくは開き直る。ハダカで何が悪い!

微熱少年の夜

風邪をひいているのか、ひきかけているのか。
あたまはぼんやりしている。
部屋のどこかで怪しい音がしても、ぼくの視線は、のろのろとそちらに向かい、行き過ぎて、興味を失う。
気がつくと写真をみつめている。
意識がそこに何かを捕らえたのか、無意識がわけもわからず写真に潜むエネルギーを貪っていたのか。