落葉

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漁港近くの食堂でエビフライを食べた後、山の上の公園に行ってみた

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若い女の子が、両手で落ち葉をすくっては、楽しそうに辺りに振りまいていた。絵になる風景だ

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カメラを持ったオジサンも、同じように落ち葉をすくってまき散らしたかったが、絵にならんだろうと思ってやめた

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落ち葉を踏む音を聞きながら歩く。どうしてぼくはここにいるのだろう

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海を見ていた午後3時

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ぼくの時計は午後3時くらいだと思っていたが、昨日の午後、急に進んで夜の9時くらいになった。3時のぼくは9時のぼくに出会い、二人は家の屋上でしばらく話し合った。今日の昼、9時のぼくはいなくなり、3時のぼくが残った

MOONGLOW

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このあいだガリガリの三日月だったのに、もう、かなりブタに成長している。変わった生き物を見ているみたいで、なんだか笑える。

明日、2時頃まで、鷹師町の某コーヒー店は閉店しています。

夕暮れ

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日が西に傾いている。あと数時間もすれば、あたりは闇に包まれる。ぼくは細い道を一人で歩いている。向こうから自転車が2台走ってくる。若い男女。二人はにっこり微笑んで過ぎ去って行った。何か言い忘れたような気がしてぼくは振り返る。good by 2017.11

冬といえば

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冬といえばビョークなんです。ただでさえ不安定な低空飛行を強いられているのに、ビョークを聞くと、なおさら精神の安定を欠いて、もうコントロール不能。でもね、これがたまらなくいいんです。コントロール不能。快感。わかるかなあ。あ、今も聞いてますよ、ビョーク。でね、こんな具合にコントロールできないマズイ文章が書けるんです

交信中の男

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朝、木々の生い茂った公園の遊歩道を歩いていると、木立の中から両耳にイヤホンを押し込んだ短髪の男がすたすた歩いてきた。あいさつしようと目を合わすが、まるでぼくが見えないかのように、正面をキッと見据えたまま速足ですたすた歩いてきて、するりとすれ違った。きっと彼は重要な任務を帯びた宇宙人なのだ。目的地へと歩きながら、軌道を周回している宇宙船と交信中なのである。じゃまをするとレーザー銃でビーッとやられてしまう。さわらぬ宇宙人にたたりなし、とはこのことだ

小春日和

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空港にヨッパライ某の母を送り届け、そのまま霧島方面にドライブするという予定だったのだけど、その母が急に具合が悪くなり、空港ではなく病院へ送ることになった

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病院に寄った後、一人で動物園横の公園に行った。バラが咲いていて、甘い匂いを漂わせていた

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公園を一周したころ、昼になったので、どんな具合なのかメールしたら、ちょっとした食あたりで、もうなんともないようだ、とのことだった

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どこかで昼食にしよう、ということで、カツオで有名な港町の、いつもの食堂に行った

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このポーズがなんとなくいい

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帰りに紅葉がきれいな神社に寄った

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しあわせ、って

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ある本のあるシーンがきっかけになって、今日の午後は「幸せについて」考えることになってしまった。はて、幸せとは何だろう。幸せを知らないなら、いくらそうしたくても、自分はおろか、誰かを、好きな人を、幸せにすることはできない。中国にこんなことわざがあると、だれかが言ってた。

一時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。
三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。

言いたいことはわかるんだけど、かなり残念な幸せ観、かも。

紀元前1000年位にイスラエルの王ソロモンが書いたとされる「伝道者の書」には、人が幸福を求める先に必ず行き着く結果の虚しさが、うんざりするほど描かれている。じゃあ、どうすりゃいいんだ、という答えは、最後の数行にしっかり記されてるんだけど、事情を知らない人は「え?なにそれ」と、あきれてしまうこと請け合い。ぼく自身はソロモン王の幸福論?に深く同調しますけどね。

写真は、年末に第九、喜びの歌を歌うTさん

たぶん冬

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ねずみ色の空。どこに太陽があるのか分からない。ぼくの地図もだいぶ冬めいてきた。そのずっと北の谷間でカバたちは冬眠の準備をし、スナフキンは旅の支度を始める