Yes-No

他人とは浅い付き合いだから、相手を肯定できるんです。

って、谷川俊太郎さんは言ったんだそうです。

わかる気はするんだけど。

寝る前などに、よく思う。ぼくは相手を肯定することはもちろん、本気で否定することもできない。ほんとの話です。

なぜなら、ぼくは自分を肯定することも否定することもできないでいるから。

一緒にアイスクリームを食べたり、渚を走ったり

ブログ記事とそれに伴う写真をこちらのサイトに移転し終わった。写真が思った以上に多く、疲れた。ソフトクリームの写真がやたら目についた。ソフトクリームの写真は20代から撮り続けている。ソフトクリームを食べている女の子の、あの何とも言えぬ、しあわせそうな表情が好きで、夢中でシャッターを切った。

iOSのSiriに質問すると、次のような答えが返ってくる

地球はいつ滅亡するの?

知っていたらお教えしますよ。そうすれば最後のすばらしい一日のために命を吹き込んでいただけるし、一緒にアイスクリームを食べたり、渚を走ったりできますから。

だって、日記なんだもの

昨日、脇の下を開けた車のドアにぶつけてしまった。打ち所が悪かったらしく、肋骨にひびが入ったようだ。昨夜は寝返りが打てず、何度も目が覚めた。これで二度目。前回がいつだったか調べてみると、2013年の12月13日。5年近く前だ。今度のブログの検索機能は実に使い勝手がいい。けっこう遊べる。思いつくまま、例えば、「ケーキ」で検索すると、約50件の記事がたちどころにピックアップされる。そういうわけなので、昨日、肋骨にヒビを入れた、という事件もこうして書いておかねばならない。いつかまた同じことが起きたら、「肋骨」で検索をかける。するとこの記事も浮かび上がってくる。記憶は時とともに浮力を失い、沈んでいく。思えばもったいない話だ。そこで時々、底に沈んだ澱をゆすってみる。いい趣味とは言えないかもしれないが

心理学の知識に基づいてうまく設計されている?

あるネットの記事を読んでたら、こんなことが書いてあった。もしそうなら、SNSってアリジゴク?

多くの人が発信者の側に回れるようになったのは、ソーシャルネットワーク(SNS)のおかげですけれど、これは心理学の知識に基づいてうまく設計されていると思います。他者からの承認欲求や、他者と競い合いたい欲求、自己実現欲、自己愛といった人間の心理をうまく利用して、人々をSNSから抜けられなくさせるようにできています。

ホンマかいな~! なんだか怖い

クールダウン

金曜日の男から瓶入りの液体をもらった。水で薄め、好みで酢を数滴落としてお楽しみください、という達筆の説明書が添えてあった。もちろん金曜日の男が書いたのではない。彼の奥さんの字だ。彼女は新聞のコラムを書き、有名人のゴーストライターをこなすインテリ。先日は英文でメールを送ってきて英語が苦手なぼくを慌てさせた。いたずら好きの美女。そんな彼女がなんで金曜日の男とくっついてしまったのか。オスカーワイルドは、男は退屈から結婚し、女は物好きから結婚する、って言ったそうだが

午前中はフィーバー

夏は暑い。帽子をかぶらずに日向を歩くと日射病になる。そういうわけで、今日も朝からコーヒー豆を焼いていた。すなわち、この作業はとても暑い。そしてぼくは熱中症になった。気づいたときはもう遅い。急いで水をガブガブ飲んだが、頭がくらくらする。危険が危ない。こんなふうに脳みそが少し煮えて使えなくなるのだ。しかし、ちょっと使えなくなったくらいが幸せに近いような気もする。人生は奥が深い

 

そんな顔

嫌いな虫がいる。あの黒いヤツ。どうでもいい虫もいる。バッタとか。こいつはまるで心が通じない。いつでも他人。カマキリはちょっと違う。ちょっかいを出すと、何か言いたげな顔でこちらをにらむ。あっちに行けよ、お前なんかにつきあってる暇はないんだ

そうぼくに思わせるものは何だろう

今日、谷川俊太郎さんのページにアップされた詩を読んでて、感性が鈍くなってる自分に気づいた。ここのところ忙しかったせいもあるけど、それだけじゃないことはわかっている。俊太郎さんは詩の終わりでこうつぶやく


読むだけ考えるだけでは足りない
そうぼくに思わせるものは何だろう
気持ちがとめどなく広がってゆく
見えもせず聞こえもしないものへと


「そうぼくに思わせるのは何だろう」

ぼくはこの問いかけを忘れかけていた

不思議なスイッチ

ネット用のショッピングカートが完成したので店のホームページにリンクした。これまで使ってきたカートも今まで通り使えるようにしてあるので、常連の方は使い慣れたカートを選ぶかもしれない。利用者は今のところ半々。新しいカートも今のところ問題なく作動していて一安心。
ところで今朝は奇妙なことがあった。開店前、階段に掃除機をかけていた時のこと。入り口のドアからはじめて、階段を一段一段上がりながら掃除機をかけていった。数段上がったところで、暗くてゴミが見えないな、と感じた。するとその時、階段の照明がパッと灯った。だれかがスイッチを入れてくれたのだろうと思い、振り返ってスイッチを見たが、だれもいない。なんで?どうして? いくら考えても答えは出ない

ネズミでもネコでもタヌキでもない

夜、交差点で信号待ちしていると、右手のマンションの裏から巨大なネズミが走り出てきた。しかしよく見るとそれはネズミではなかった。ネコでもなかった。なんとそれはイタチだった。こんな街中にイタチがいるなんて。やぁね