やわらかなもの

吹く風が心地よい。どうやら風邪が治ったようだ。風邪をひいている間は、いろんなものが硬く感じた。空気が硬く、水が硬い。硬い言葉、硬い表情。そんな硬さがイヤだったせいか、ぼくの言葉はクラゲのようになった。風邪をひいているあいだ、ぼくはぼんやりした頭でこう思った。やわらかいのが良いな、と。やわらかなものに、ゆるやかに包まれていたいな、と。開高健によれば、ルイ11世の言葉にこういうのがあるらしい。
飲むのはつめたく
寝るのはやわらかく
垂れるのはあたたかく
立つのはかたく
とにかく、今日は気分がいい。
風邪をひく前と比べ、5歳くらい若返ったような気がする。

熱のある日

今日のぼくはいつもと違っていた。
熱があるせいだとおもった。
めまいがするし、少し、吐き気もする。
それに、指の先が、電気を帯びたようにピリピリする。
これはもしかすると、スプーンが曲がるかもしれない、と思い、椅子に座って、スプーンの首をしばらくこすってみた。
しかし、何も起きなかった。

雨の午後かぜをひいているぼく

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風邪をひいたようだ。手のひらがほてっている。そうして
ぼくの時計は次第にゆっくりまわり始め、どんどん遅れていく。
1秒が1.2秒になって、やがて1.6秒くらいになる。
そういう世界では、人の声も、トンネルを歩いているゾウのオナラのように響く。
ゾウさん、もう少し小さな声で、そしてゆっくりしゃべってくださいよ。と、ぼくはテレパシーで文句を言う。通じないけど。
窓の外は雨
いつもと違ってきこえる、雨の音。
何か、ぼくに話しかけているように聞こえるのだけど。
「わたしのこと、いつになったら思い出してくれるの」
そういって、ぼくを責めている。

SURF BREAK from

今日は休みだった。
そんなわけで、日がな一日、波の音に浸っていた。
ザザーン
ザブーン
シュワシュワ
ザザーン
ザブーン
シュワシュワ
そんな中で、ぼくは洗濯物をたたんだり、掃除機をかけたり、料理を作ったりした。
ザザーン
ザブーン
シュワシュワ
ザザーン
ザブーン
シュワシュワ
わが家の家事担当は、風邪で寝込んでいる。
だから、ぼくが代わりに家事をしている。
ザザーン
ザブーン
シュワシュワ
ザザーン
ザブーン
シュワシュワ
ステレオからは、日がな一日、浅井慎平のSURF BREAK from JAMAICAがかかっていた。
ザザーン
ザブーン
シュワシュワ
ザザーン
ザブーン
シュワシュワ

さそり座と木星

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雨上がりのせいなのか、空が煙っている。夜中だというのに、空はずいぶん明るい。ここに引っ越してきた頃は、星もたくさんみえたのに。
だけどこんな空でも、星の見える空は、やはり、うれしい。

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植物は何を考えているのか分からない。何も考えてないのかもしれない。でも、何か考えているように見えることがある。それと同じで、ぼくの体は何を考えているのか分からない。何も考えてないのかもしれない。でも、何か考えているように見えることがある。

川風

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子どもの頃に、川でよく遊んだせいか、川に行くと、からだがざわめく。ぼくは忘れているのに、からだはあの時の風をおぼえていて、あの時のように風を呼ぼうとする。ぼくの意識は、その外にあって、からだと風がいっしょに遊ぶのを、音のない映画をみるように眺めている。

ありがとう

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夕方、駐車場で花の写真を撮っていると、どこかのオジサンが近づいてきて言った。
なんしちょっとな。(何をしているのですか?)
花の写真を撮っているんです。ぼくは言った。
くらかどがな。(暗くて良く撮れないのでは?)
いや、大丈夫ですよ。
そん、はっぱがじゃまやっどがな(花の上の大きな葉が邪魔でしょう)
いや、大丈夫ですよ。と、ぼくは言ったが、
おじさんは、花の上にある枝を持ち上げてくれた。
こいでよかどが。(これで明るくなったでしょう)
はい、ありがとうございます。と言って、ぼくは写真を撮った。
枝を持ち上げる必要はゼンゼンなかったのだけど。

夜中の十二時に

昨夜の十二時のことだけど、ともだちが自動車のトランクに死体をいれて持ってきて、どうしようか、ってぼくに言うわけよ。やれやれ。
あなただったら、どうする?
これ、きのう映画に行ったついでに買ってきた、河合隼雄著「大人の友情」に書いてあったのを、ちょっといじったもの。
「友人」と一口に言っても、いろんな友人がいると思う。では、いわゆる「ほんとうの友人」って、どんな人?
河合隼雄は、あるユング派の学者が、その祖父に「友情」について尋ねた時のエピソードを引用して答えている。祖父いわく「夜中の12時に、自動車のトランクに死体をいれて持ってきて、どうしようかと言ったとき、黙って相談にのってくれる人だ」
これを読んで、ぼくはさっそく、友人が夜中に死体を持ってきた情景を思い浮かべてみた。

天国の門

雨の定休日。久しぶりに映画を見に行った。見たのは、ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン主演の「最高の人生の見つけ方」
おもしろかったです。病院の相部屋で知り合った二人が、余命半年の末期ガンであることを知り、死ぬ前にやっておきたいことをメモしたリストに従って冒険の旅に出る。途中、エジプトのピラミッドの前で、フリーマン演ずるカーターが、ニコルソン演ずる富豪エドワードにこんな話しをする。
人は死んで天国へ行くが、その門で、二つの質問をされる。どちらもイエスなら、門は開かれる。まず、こう訊ねられる。
「人生に喜びを見つけたか?」
ぼくは思わずよろめいた。スクリーンから発せられた質問が、ぼくの脳天を直接ヒットしたのだった。そして二つ目。
「だれかに喜びを与えたか?」
ぼくは何も言えなかった。天国の門は閉じたままだった。