もし宝くじが当たっても

金曜日の午後はたいていヒマだ。外はこの冬一番の寒気とやらで、刺すような冷たい風が吹いている。そんなヒマな午後、カウンターでは二人の魅力的な主婦が熱いコーヒーを口に運んでいた。どういう脈絡からか、もし宝くじが当たったら、という話題で盛り上がっていたが、くじが当たっても絶対、夫には黙っている、と、二人はさも当然事のように頷きあい、ぼくに向き直って、女はみんなそうだよ、と、ためらいなく断言し、さらに、うそだと思うなら奥さんに聞いてみなさいよ、と、男族の端くれとしていささかの動揺を隠せないでいるぼくを軽く突き放した。そして、こういって、からからと笑った。
「男はしゃべるよねー、ぜったい」

標本

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小学生の頃の話。遊び仲間と連れ立って図書館横の博物館に何度も行ったものだった。その薄暗い部屋にはガラスの目玉を光らせた毛の抜けた剥製やホルマリン漬けの白々とした気色悪い標本が所狭しと並べられ、びくびくしながら見て回ったものだ。しかしこれら趣味の悪いコレクションには例外なく抗い切れない悪魔的な魅力が潜んでいた。その吸引力は大人になった今でも変わることがない。上の写真はアレを切り取って特殊な液体に漬けておいたものであるが、たまに低温貯蔵庫から取り出してきて料理に使うことがある。
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Blue Mountain No.1

夕方、常連のTさんが豆を買いにいらした。そして、
「今日はいそがしいからすぐに帰ります、ブルーマウンテンください」とおっしゃった。彼女がいつも買うのはトラジャ、フレンチ、グアテマラなので驚いていると、
「ダンナに飲ませてあげようと思って、うふ」と、にっこり笑った。
そして、ブルーマウンテンのほかに、いつものフレンチ、グアテマラを買って帰られた。ぼくはなんだか懐かしいような、とても温かい気分になった。彼女が帰った後、常連のMさんがいらっしゃって、やはりブルーマウンテンをお求めになった。そこでぼくは、さっきいらしたTさんの話をした。
「さっきいらっしゃった若い奥さんは、ご主人に飲ませてあげるんだ、と言って、これを買っていかれましたよ」するとMさんは、
「へえーっ、うらやましいですね。ぼくのうちじゃ、ぜったい考えられないな」と、寂しそうに笑った。
※ブルーマウンテンNo.1の売価は、ほかの珈琲豆の3倍くらいです
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 Blue Mountain No.1 生豆

モミの木は残らなかった

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10年以上前の話だ。クリスマス用に買ったモミの木を、クリスマスが終わった後、鉢から出して庭に植えた。高さ50cmほどの小さな苗だった。それが何年か経ってから、急に大きくなりだした。日に日に大きくなっていくモミの木を見てぼくは恐ろしくなった。この勢いで伸びていったら、数年後には家の高さまで伸びるだろう。そして10年も経てば、となりの家はモミの木の影になって日照不足に陥り、近所問題が発生する。困った。ぼくは勢いを増していくモミの木を前に、動物園のシロクマのように行ったりきたりしながら考えた。しかたがない、引っこ抜こう。しかし、それはロマンチストのぼくにはできないことだった。嫌なことは自分でしたくない。牛肉は大好きだけどウシさんはかわいそうだから殺せない、というあの勝手な感覚とそれは似ている。ぼくは庭の手入れに来た業者の方に持って行ってもらうことにした。その翌日、モミの木はなくなっていた。

お疲れさん

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昨夜、風呂の給湯器が壊れた。そろそろ壊れてもよさそうなもんだが、と、思っていたところだった。20年間、毎日休まず、一度も壊れず、よくがんばった。明日、新しい給湯器にバトンタッチ。

うつるんです

店の帰り、故障車が道路の真ん中で立ち往生しているのに2回遭遇した。妙な胸騒ぎがした。なぜかぼくの車も止まるんじゃないかと思った。家に帰り着き、カメラのデータをパソコンに入れようとしたが、3.5inchベイのカードリーダーが反応せず、転送できない。デバイスマネージャーを開くと、このデバイスは問題が発生したため使えません、という。壊れたらしい。食事を終え、新しいリーダーを注文すべくネットをチェックしていると、風呂場からヨッパライ某の派手な悲鳴が。やれやれ、またクモか、と思いつつ様子を見に行くと、シャワーを浴びていたらお湯が突然水になった、という。給湯器のコントローラーを見るとランプが消えている。スイッチのオン、オフを繰り返してみたが、反応なし。どうやらこいつも壊れたらしい。そんなわけで、夜中の11時過ぎ、まだ風呂に入ってなかった3人は終日営業している温泉まで出かけたのだった。