ぼくがまだロマンチストだった頃。
ぼくはいつも何か思いつめていた。
夜になると、だれもいない部屋でオルゴールのねじを巻いた。
星に願いを、という曲だった。
夜ごとそれを聞いていた。繰り返し聞いていた。
もう今はオルゴールのねじを巻くことはない。
星を眺めることはあっても、星に願うことはない。
20年前
スイカをめぐる冒険
ビールと星には秘密があるのです
夕食後、屋上でビールを飲んでいると海のほうで花火が上がり始めた。
どこだろう、卸団地かな。ヨッパライ某が言った。
卸団地の花火大会かもね。
ぼくはベンチに腰掛け、空を眺めていた。酒をあまり飲まなくなったせいか、缶ビール一つでいい気分になる。
ぼくはいつものように、つかみどころのない話をはじめた。
分かろうと近づいていくと、それは逃げていくんだ。やっとそれが分かったよ。
ヨッパライ某は聞くともなしに聞いていたが、話が終わったと知ると、先日テレビで見たというカバの話をはじめた。見かけはおとなしそうだが現地ではワニより恐れられている、という話だ。カバが獰猛なのは知っていたので、ただ頷いていたが、その後の一言が興味を引いた。イルカの祖先はカバだというのだ。ふん、そんなカバな。
あ、流れ星、とヨッパライ某が叫んだ。ぼくには見えなかった。
あ、でかい! ぼくは叫んだ。大きな流星が右手を流れた。ヨッパライ某には見えなかった。
二人で星空を眺めていると、西に傾いたさそり座から小さな光がぐんぐん上ってきた。
あれはなんだろう。点滅しないし、飛行機じゃないね。
ずっと目で追っていたが、天頂付近で見えなくなった。ワープしたのかもしれない。
あとで調べてみると、それはただの国際宇宙ステーションだった。
To say Good bye is to die a little
さびしい夏の夜
風呂から上がって屋上に上がり、フェンスにもたれて夜景を眺めていた。遠くで灯台が点滅しているのが見える。風が気持ちよかったので、時を忘れて夜景に見入っていた。が、ふと、どこかおかしいような気がしてきた。何かが足りない。でもそれが何なのか分からない。なんだろう。虫の声は聞こえる。夏の夜だから。そうだ、前の通りの外灯に虫がいない。いつもなら、こんな夏の夜、虫たちが外灯のまわりでお祭り騒ぎをしているのだ。それがまったくいない。外灯のまわりは通夜のようにひっそりしている。昨年の暮れ、家の前の通りの外灯は全部LEDランプに付け替えられた。原因はそれだった。LEDランプに虫は寄ってこないのである。ああ、なんてこった。ぼくの夏の夜は思いがけず消えてしまった。さびしい。ぼくはさびしいぞ。だれかこの寂しさを解ってくれるだろうか。
夜のジェット機
時計は11時を回っていた。風呂から上がって、屋上のベンチに腰掛け、雲が流れるのを眺めていた。涼しい西風が吹いている。予報では、あと数時間後には雨とのことだったが、星が瞬いている。テーブルにもたれて星空を眺めていると、遠くからジェット機が向かってきた。このままだと、ぼくの真上を通過する。ぼくはあわてて家の中に逃げ込んだ。もしジェット機が何か落としたら、ぼくに当たるかもしれない。家に入ってぼくは自分につぶやいた。お前、変わってるな。
夏の夜の本
家族三人で夕食を囲んでいると、ふいに息子が、何かおもしろい本はない?などと言い出した。ぼくは大皿に盛られたディナー(カボチャコロッケ)を箸でつかみながら、カラマーゾフの兄弟なんかどうや、夏の夜にぴったりやで。というと、相手はにわかに顔を曇らせ、あ、あれはちょっと、と首を振った。やれやれ、自称読書家、好きな作家は村上春樹、ではなかったのか。まあいい。夏の夜は探偵小説がお勧めだ。と言うわけで、本棚をごそごそやって、ディックフランシスの「興奮」「利腕」「大穴」を取り出した。彼くらいの年齢にはぴったりの探偵小説ではないだろうか。