イヌは洗い過ぎると自分の匂いが分からなくなって、自分がイヌである事を忘れてしまうという。放っておくと、ぼくはぼくを忘れ、知らない自分になってしまう。大切な人との関係も朝露のように消えて跡形もない。時がいつの間にかぼくの匂いを洗い流してしまうからだ。ぼくが写真を撮るのは、時折それをポケットから取り出し、自分の匂いを思い出すため
夜空のスクリーン
電話の向こうはどんな顔
電話は好きじゃないので、ほとんどかけない。できたらメールで済ます。でも、メールが使えないところには電話をかけるしかない。ある会社に電話をすると、若い女の子が出る。一度も会ったことはないのだけど、ラブリーな声で親しげに話しかけてくる。きっと、目のきらきらしたかわいい女の子なんだろうな、と想像してしまう。サラリーマンだったころ、ある会社に出向していた時期があった。そこで館内放送を担当していた女の子は、透き通った天使のような声で館内アナウンスをしていた。彼女を知らない人は、それを聞いてルパン三世に出てきたクラリスみたいな女の子を思い浮かべたに違いない。たしかに魅力的なルックスの女の子だったが、彼女はぼくに会うたび、口癖のようにこう言った。いい男がいたら紹介しろよな
夜のガスパール
夜更けのミュウ
深夜、星空を眺めようと屋上に出たら、近くで子猫の鳴き声がする。周囲を探すが猫の姿はない。第一、こんな高いところに猫がいるわけがない。奇妙だな、と思いつつ、テーブルに向かって歩きはじめたら、また鳴き声が。すぐ近くだ。ぼくの後をついてくる。ぼくはぞっとしてサンダルを履いたまま屋内に駆け込んだ。すると猫も追ってきて、足元でミュウ、と鳴いた。鳴いていたのは新しいサンダルだった













